第12話


 あ。俺死ぬ。


 古いアメ車に揺られながら、漠然とそう思った。ハンドルを握るのはヤクザ、もとい黒服の上司、阿久津とやら。ルームミラー越しに見やったその顔は、どこまでも無表情だ。人を殺すときもこういう顔をするに違いない。


 阿久津の車がびたりと横付けされ、黒服が後部座席のドアを開けてくれたとき、なぜか誘拐されたような気になった。自分でおびき出したくせに逃げたくなり、ただ、騙されたまま優しく微笑む黒服の誘導に抗えず、大人しくシートに収まった。阿久津は俺の顔を一度見ただけで、何も言わない。すぐに発車したが、どこに連れて行くつもりなのか、分からない。


「あの……」


 阿久津は淡々と運転を続ける。有線すらかかっていない車内には、窓の隙間から吹き込む風の音が充満していた。通り抜ける空気は冷たい。それなのに、この息のしにくさは何だろう。


「あの、すみません、聞きたいことがあって」

「黙れ」


 撃沈した。ホンモノの大人を目の当たりにし、泣きたい気持ちをこらえるので精一杯だった。怖かった。


「降りろ」


 あっという間だった。地獄についたらしい。山か海か。違う、見慣れた光景だ。繁華街の駅前だ。


「えっ」

「帰れ」

「水樹を知りませんか。先週会った。よく喋る方のスリ師」

「お前、俺の弟を知っているのか?」

「えっ。いや、すみません」


 阿久津が、ゆっくりと、振り向いた。下からにらみつけられ、すくみ上がる。ゴミを見るようなその目には、はっきりと怒りの色があった。そして悟る。俺はしてはいけないことをしてしまったらしい。


 宮田ヒカリを思い出した。俺の地雷を踏んだ女だ。あいつを無神経だと思っていた。もしまた会ったら必ず謝る。大人の目は、子供の戯れ言よりよほど雄弁だと知った。結局、俺やヒカリはガキだったのだ。俺は大人を怒らせた。


「すみません……。どうしても水樹を見付けたかったんです。たぶん、困ってる、だから」

「黙れ」

「お願いします。あなたと会ってから様子がおかしかった。何か知ってるんじゃないですか。居場所を教えてください」

「おい!!!!」


 心臓が凍り、目を見開いた。殺されると思った。

 次は手が出てくると身構えたが、続く阿久津の言葉は重く、低く、静かだった。


「てめえの為に不幸面してんじゃねえ」




 頬が冷たい。


 終電を知らせるアナウンスが鳴り響いた。

 とっくに消えた車の後ろ姿を、俺はいつまでも見ていた。


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