第9話
週末、全快した水樹と繁華街へ繰り出した。丸一週間、仕事をしていない。俺がこの前、すりすぎたからだ。まだ金は残っているが、水樹が街に出たがり、終電でここへ来た。感覚が鈍らない程度に腕を慣らしたら、タクシーで帰ればいい。
水樹が指定したのは見るからにヤンキー上がりの黒服だった。キャバクラの男性従業員のことだ。煙草を指にはさみ、ありあまるほどの元気で道行く人にこえをかけまくっている。黒服が俺達をロックオンし、手を挙げて前に出た。接客は水樹の仕事だ。俺は無口な友人役に徹する。
「こんばんは! ニューオープンのクラブアンクはこちらっす! キャバクラどっすか!」
「この辺初めてなんで、ひとまわりして何も無かったら戻ってきます」
「いやいや、うちがナンバーワンすよ。可愛い子しかいない。いやマジで」
「うーん、ガールズバーでもいいかなって」
「オッケーっす。安くします。あとなんか、適当にサービスします」
「ラストまで飲めて、持って帰れる子がいいんだけど」
「うちは基本、全員オープンラストで出勤させてるんで、ラストまでは保証します。後のことは、がんばっす。あはは」
「だって、どうする?」
水樹が俺の顔を見る。業務終了だ。
「俺、やっぱダーツバーがいい」
「えー。わがままだなあ。すみません、そういうわけなんで、また今度」
「あざっした! またどうぞ!」
俺の手の中には中抜きした札がある。黒服が水樹と話し込んでる合間にすった。
何事もなかったかのように駅の方向に歩きながら、ポケットに金をつっこもうとした手を、背後から誰かに捻り上げられ、驚いた。
「クソガキ」
さっきの黒服じゃない。地の底から響くような男の声。凍り付いてしまい振り向けない。水樹は無表情に、俺の後ろをにらみつけている。
「あれはな、俺の従業員だ」
「金返すよ。魔が差したんだ」
「お前ら、初めてじゃねえだろう」
ほとんど押し飛ばすように手を離された。
最悪だ。どこからどう見ても、正しいヤクザだ。悪魔の方がマシだった。
「スリは誰に教わった」
男は少し楽しそうな顔になった。不気味さ
が増す。拷問を想像しているのかもしれない。水樹の舌打ちが飛んだ。
「あの、もういいですか。反省してるんで。龍彦、お金返して」
すったのは一枚の一万円札だ。無意識に握りしめてしまい、しわの寄ったそれを男に差し出した。
「へえ。見かけによらず、こいつのほうが肝が据わってやがる。面も悪くねえ。お前、仕事を紹介してやろうか」
水樹と男がにらみ合った。沈黙に耐えきれなかったのは俺だ。あいだに割って入り、男に金を押しつけると水樹の手を取って走った。背中にいつまでもしつこい視線を感じる。家に帰ってからも、あの目に見られているような気がしていた。
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