第6話

「水樹、悪い。急に腹痛え」

「大丈夫? 待ってるからトイレ行ってきなよ」

「んなことされたら落ち着いてふんばれねえだろうが。先に戻ってビールでも買っといてくれよ。俺もすぐ帰るから」

「わかった。年確されたらごめん。じゃあ、お先に」

「おう」


 すった札を握らせ、背中が見えなくなるまで見送った。大人しく帰ったところを見ると、やはり具合が悪かったようだ。それに引き換え絶好調の俺は、明日の水樹に楽をさせるべく狩り場へ戻った。


 難しそうなターゲットを避ければいい。普通の酔っ払いから、普通にする。簡単な話だ。見張りや受け渡しがないだけで、やること自体は変わらない。

 吹かすだけの煙草に火を付け、獲物を探した。水樹が選びそうな奴を選べば間違いないはないはずだ。


 えずく声が聞こえ、振り向けばでかい猫が丸まっていた。よく見れば人間の女で、ゲロとハンドバッグの中身を盛大にぶちまけている。

 メイクポーチ、ストラップだらけの携帯電話、瓶の香水に謎の錠剤。生活が透けて見える。拾い集めるついでに財布を中抜きし、ガラクタをバッグに詰め、女の近くに置いた。

 何も言わずきびすを返すと、ジーンズのすそを掴まれた。


「みず……き……」

「ああ?」

「……水、気持ち悪い……」


 突然のみずき発言は俺を動揺させ、つい言うことを聞いてしまった。すった千円札を自動販売機に飲ませ、水を買って女に差し出した。まずい。イレギュラーは失敗の前兆ともいえる。


「うう……ありがと……」

「じゃあな」

「えっ」


 女が顔を上げ、俺を見た。その瞬間、何もかも後悔した。薬局で会った万引き少女だ。


「わあ! 嬉しい! また会え、うえええっ」


 周囲に俺達が知り合いだと認知されてしまった。仕方なく吐き散らかす女の腕を引っ張り上げ、その場を離れた。ここを使う連中に、顔を覚えられるわけにはいかない。

 シャッターの閉まった駅の入口に寄りかからせ、出すもの出せと水を飲ませ続けた。


「……ふう。落ち着いたあ。ラッキーだったな。じゃなくて、助かったよ。えっと、何君だっけ? てか、なんで薬局来なかったの? 遊ぼうって約束したじゃん、あたし待ってたのに。てか、こんな時間にひとりで何してんの?」


 いっぺんに喋られ、何一つ頭に入らない。返事の出来ない俺を見て、にっと笑った。


「イブだよ。覚えてるでしょ」

「宮田ヒカリ」

「うるさい。ユーは?」

「言いたくない」

「あっそう。乱暴されたって騒ごっと。そのへんのポリ公がすっ飛んでくるよ」

「……龍彦」

「たっちゃん」

「やめろ」


 酔っ払い女は腹を抱えて下品に笑った。

 疲れる。

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