第5話
空が白みだした頃、水樹が完全に目を覚ました。熱は下がり、あれだけ寝ればじゅうぶんだとシャワーを浴びた。風呂上がり、そのまま布団にダイブしようとした水樹を座らせ、髪を乾かしてやっている間にゼリーを食べさせた。普通の食事が取りたいと言いだし、店が開いたら買い出しに行ってくると約束させたれた。水樹のわがままは絶妙だ。
「ソース焼きそばがいいな。具はいらない」
「うどんとかのほうがいいんじゃねえの」
「だって味濃いものが食べたい」
「分かったよ」
明日には仕事が出来そうだと言う。死ぬまでの暇つぶしのような日常だ。街に出て、人の財布をすり、飯を食って寝る。ときどき水樹が熱を出す。同じことを何度も繰り返してきた。きっとこれからも変わらない。それに不満はひとつもない。
◆
「龍彦」
「ああ」
仕事場はいくつかあるが、金曜は繁華街と決めている。駅の東口はちょっとした広場があり、街灯がなく、灰皿が設置されているから絶好の狩り場だ。酔っ払いが夏の虫のように集まってくる。
ターゲットを見極めるのは水樹の仕事だ。余分に持っている人から必要な分をいただく、それが水樹のポリシーだ。例え百万すったところで、チェーンの牛丼を食いおつりは返すような男なのだ。俺は返さない。
指定された男は自動販売機で飲み物を選んでいた。品物を決め、ボタンを押し、キャッシュレス決済の端末部にスマホをかざした。
ピピッと音が鳴り、ガコッと箱が鳴る。
俺は男の後ろに立ち、息を止め、ヒップポケットからはみ出た財布の端をつまんでいる。
飲み物を取り出すために男がしゃがみ込んだ。スルリと財布が抜ける。数枚残して紙幣を中抜きし、立ち去る男に声をかけた。
「財布、落としましたよ」
「すみません」
自動販売機に並んでいたという演出でコーラを買った。見張り役の水樹を目で探すと、派手な女性に声をかけられていた。
集合場所の高架下へ向かいながら電話をかけた。ワンコールで繫がり苦笑いする。女を扱いかねていたようで、開口一番「遅いよ」と文句を言われた。水樹も人生がへたくそだ。
高架下、札を数えていると、病み上がりの水樹が咳をした。まだ本調子とはいえないらしい。
帰宅を提案しかけ、水道代の請求書が来ていたことを思い出した。明日休ませるのなら、今日のうちにもう少し稼ぎたい。鬱陶しいことに半年に一度、親戚からまとめて振り込まれる金には手を付けていなかった。これをやるから大人しくしていろと言われているようでしゃくだった。
俺に身内はいない。血の繋がりなどクソ食らえだ。大人の力を借りなくても、俺達は二人で生きていける。
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