第4話
「熱は?」
「まだある」
俺の帰宅に気が付いた水樹は自力で上体を起こした。汗で濡れたシャツを替え、くだもののゼリーを食べさせた。あと二日はこの調子のはずだ。苦しいだろうが、毎年のことだと本人も諦めている。
「龍彦、仕事に行く?」
「金はまだあるし、今夜は家にいるよ。だからそれ食ったら寝ろ。夜中起きたら、朝まで付き合ってやるからさ」
「うん」
布団をかけ直し、空気のこもった部屋を少しだけ換気した。水樹は寝付きが良い。予備のゼリーを冷蔵庫に入れて戻ると、半開きの口からは早くも寝息が聞こえた。
二人並ぶと、黙っていても大抵は俺の方が年下に見られる。水樹は俺より背が高い上、同世代にはない落ち着きと人生を諦めたような雰囲気があるからだ。だが、それは上っ面だけだ。家に帰れば甘ったれの子供に戻る。過保護な俺を歓迎し、体調不良を喜ぶような素振りすら見せるのだ。母代わりだった、俺の祖母を求めているのかもしれない。
戸籍上は同い年だが、風呂場で生み落とされた水樹の実年齢は分からない。もしかしたら、俺の方が年上なのかもしれないと思っている。
「龍彦」
「起きたか。もう夜中の二時だよ。二度寝出来そうか?」
「まだちょっとフワフワする」
「顔色は良くなったな。峠は越えました」
「先生、ありがとう」
くだらない冗談に安心する。夜が明けたら、きっともっと良くなっているはずだ。俺は水樹がいないとつまらない。
「ほら、目つぶれよ。眠れなかったら、また話そう」
時々思う。水樹にまともな親があれば、俺達に接点はなかったはずだと。
愛想が良く頭も良いから、きちんと学校に行けば良い大学へ行って良い会社に入れるはずだった。そして恋愛をして、結婚して、子供とか作って、家のローンを組む。今だって、その気になれば、それらを手に入れられるだろう。水樹は本来、すられる側の人間だ。
想像して、ゾッとした。俺は何にもなり得ない。例えば水樹が就職をしたら、きっと心からは喜んでやれない。俺がそこにいけないからだ。人嫌いなくせに独りをさみしがる俺は、どうしても水樹を手放せない。こんなこと、口が裂けても本人には言えない。俺は最低な人間だ。
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