第3話

 翌日、水樹は熱を出した。毎年恒例の、冬の始まりの合図だ。

 昨夜すった万札を握りしめ、ドラッグストアへ向かった。買う物は決まっている。


 化粧品コーナーを通りかかったとき、小さな違和感があった。見れば女子高校生がリップクリームの棚の前に立ち、どれにしようかと考えている雰囲気を出している。取って付けたような自然さが、逆に不自然だった。

 商品を選ぶふりをして様子を見た。細い指につままれた化粧品が、流れるようにスクールバッグの中に消えた。手慣れているようだった。

 やるな、と思った瞬間、女子高生がさっと振り向き、俺を見た。慌てて目をそらし、誤魔化すようにいらないシャンプーをカゴにいれた。顔を上げずにその場を離れ、水樹の買い物を済ませるとそそくさと店を出た。



「ねえ、ちょっと」


 店の敷地を出てすぐに、背中に声がかけられた。どきりとして、立ち止まる。万引きGメンに捕まったような気分だった。不良は相手の女の子だというのに。


「なに」

「見てたでしょ」

「別に」

「通報しないの?」

「しない」


 他人との関わりは避けたく、それだけ言うと歩き出した。祖母以外の異性とはほとんど喋ったことがなかった。


「待って!」


 大きな声に思わず足を止められ、ぎくしゃくと振り向いてしまった。


「体調、悪いの?」


 盗みが上手い上、超能力があるのかと思った。自分の姿を思い出し、納得した。ビニールの買い物袋から、スポーツドリンクやらゼリーやらが透けて見えていたのだ。


「俺じゃない」

「家族? 兄弟?」

「そんな感じ」

「行ってあげようか」

「は?」

「何か作ってあげようか。平日の昼間に看病の買い出しなんて、家に親、いないんでしょ」


 そう言って俺の手から買い物袋を引ったくると、返事を待たずに歩き出した。


「おい」

「家どっち?」

「教えるかよ。つか、お前こそ学校は?」

「行ってない。これコスプレ。あたしも親いない。ママの友達に育てられた。あんたは?」


 返事を待たず、自信満々に間違った道を進んだ。水樹の苦しそうに潤んだ目が浮かぶ。


「返してくれ。今は相手出来ない」

「じゃあ明日は?」

「わかったから」

「あたし伊吹。イブって呼んで」

「宮田ヒカリだろ」


 牽制したつもりだった。買い物袋を受け取るとき、スクールバッグのポケットからすった財布を投げ返した。服屋のポイントカードには、不良少女のフルネームがあった。


「すごい」


 ぱっと見開かれた大きな目に体温が上がった。ちゃちな万引きを見せられ、プライドがうずいたのかもしれなかった。くだらない。初対面の女子相手に、一体俺は何をやっているんだろう。


 水樹が待っていると自分に言い訳し、逃げるように走り去った。


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