第2話

 深夜一時、眠らない街。眠れない俺達。


「龍彦、あいつ」

「ああ」


 顔の赤い大人がふらふらとしている。酔っ払いは歩道の花壇に座りこみ、ゆるいゼリーのようにだらりと寝そべった。ヒップポケットから財布がはみ出している。


「行くぞ」


 言うより早く、水樹が飛び出した。サラサラの黒髪で色白の水樹は他人に警戒心を与えない。少し野暮ったい服を着て、シャツの第一ボタンをしめれば人畜無害の好青年の完成だ。


 しゃがみ込んだ水樹は介抱するふりをして財布を抜き、他人のふりして後ろを通り過ぎる俺の手提げカバンにそっとそれを差し入れた。柄の悪いバンドマン風の俺が、まさか水樹の知り合いだとは誰も思わない。


 俺との距離が離れてからパトロール中の警察官を呼び寄せ、お礼を言わせて退散する。 酔っ払いがスリに気付いたところで、犯人が警察に無警戒に顔をさらすとは思われない。手ぶらの水樹は職質大歓迎だし、例え防犯カメラを確認されたところで犯行は死角に入っている。このクソみたいな街のスリには、やり方ってもんがある。それを守れば、捕まらない。


 高架下。一本済ませると、毎度ここで落ち合う。やけに明るい街灯が、水樹の白い肌をほとんど透明に見せた。


「いくら入ってた?」

「三」

「じゅうぶんだ。帰ろう」


 異存はなかった。二人がその日食えれば、それでいい。

 ポストにからの財布を入れ、隣り合って二駅分歩き、アパートに着くと交代でシャワーを浴びた。


 俺と水樹は一緒に暮らしている。ここに来るまでは、俺の祖母の生活保護で食っていた。奇妙な三人暮らしは十年続き、祖母がいなくなってからは俺達二人きりになった。


 学校には行かず、身につけたのは盗みだけだった。それがおかしなことだと気付いたのは、祖母の葬式後に、親戚だという女にこの部屋を与えられたときだった。帰り際に思い出したように俺を見ると、おもむろに鍵を差し出した。なぜか困ったように笑い「同い年の娘がいるから」と言った。

 それで子供には親がいるものだと気が付いた。普通は一緒に暮らすのだとも。

 しまったと思った。誰かに、何かに、はめられたと思った。出生を嘆き、駄々をこねるには、からだが大きくなりすぎていた。

 

 水樹の家庭環境は、俺より悲惨だった。


 家族でもなく、友達でもない。

 歪な俺達には、お互いしかいなかった。


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