第15話

「水樹とは仲が良かった。あいつとは、本当に色々あった。一緒に仕事してたのも本当だ。だが、スリと空き巣のペアじゃない。警察と情報屋。水樹に仕事をさせる代わりにお土産をもらってたんだ。だから鍵師の顔も一方的に知っていた。あいつらは善良な人間は狙わないし、水樹を泳がせておけば政治家やらなんやらの弱味が手に入るだろ。その先には誰がいると思う? 大抵はヤクザだよ。俺の獲物はそっちだった。ずっとうまくやってきたんだ。あの日まで」


 恋人はターゲットに雇われた用心棒に撃たれた。政治家とヤクザが絡んだ上、昼間の住宅街で発砲を許したと世間に知れたら警察全体の信用にかかわる。だが、撃たれて死んだのは、幸運にも警察の協力者だった。天涯孤独の犯罪者でもある。事件を握りつぶすのは容易いことだったという。


「発砲の通報を知ったときは現場そっちのけで病院にすっ飛んだよ。水樹は死ぬ前、寝言みたいにこう言った。『華を見ていてくれ。陽の当たる場所に帰してくれ』ってな。他に言うことねえのかと断る前に、あいつは喋れなくなっちまったんだ。死人に面倒くせえ約束を押しつけられたってわけ。気付かなかっただろうが、あのとき俺らは病室で入れ違ったんだぜ。お前が誰だか、すぐに分かったよ」

「それであれを見られたのね」

「ああ。荷が重かったろ。一生懸命、現場を片付けてたけどな、あんなもんプロが見れば何があったかすぐに察しが付く。日本の警察を舐めんなよ。で、雑に埋められた死体を掘り起こし、俺がケツを拭いてやったってわけ。――理由? そうだな、お前がああしなきゃ、俺が殺してた。あんなチンピラに、水樹が……」


 ヨンは、スリ師は、目をそらして言葉を切り、咳払いをして足を組み直した。


「俺もお前も良い死に方は出来ねえから覚悟しとけよ。とにかく約束は後一つ。お前を表の世界に引きずり出すこと。な、聞きたいんだが、なぜ銃を持ち帰ったんだ。あんなもんの側で暮らすから引きこもりになるんだよ。死体と一緒に捨ててくれりゃあよかったのに、凶器がお前の手元にあるってのはかなり面倒だったんだ」


 スリ師は大きな勘違いをしている。埋めた銃の存在など、その日のうちに忘れた。凶器を持ち帰った理由は恋人に手向けたかっただけで、花壇に埋めたのもその為だ。軽率だろうが、いつか捕まると思っていたから気にしなかった。


「毎朝律儀に埋めた銃を確認してたろ。こっそり花壇を掘り返しても、痕跡でバレるから警戒されてますます家から出なくなると思った。それじゃあ本末転倒だ。水樹が死んであっという間に一年経ち、いよいよ困り果てたところに、あの鍵師が窃盗の容疑者として上がってきた。あいつを使えばお前の警戒心をゆるめられると思いついて、迷わず利用した」


 スリ師の言葉を思い出す。エスの魂、それは仇の命を奪った銃をさしていたのだ。間接的な脅しは、直接的な意味として私に届いた。

 私には、銃の存在は脅しにならない。逮捕は遅かれ早かれだと覚悟していたから、別に見付かっても構わなかった。花を殺されることだけが嫌だった。

 そもそも、捕まりたくないなら言うことを聞け、というのは警察官の発想だ。そんなもの、私みたいな人間には通用しない。


「お前と喧嘩するつもりはなかったんだ。立場的に証拠隠滅は大っぴらに手伝えなかったから、適当にしょっぴいて留置所で大人しくしてもらってる間に全て済ませるつもりだった。――信じられねえ? じゃあ教えてやる。脅迫を持ちかけた本郷夫妻はにせもので、金で雇ったスリ師だよ。スリは役者だからな。本物の本郷さんはダブル不倫中で、あの犬だけが住民だった。妻役に、お前を確実に不法侵入させる為にひと芝居打たせ、俺が空き巣だとニセの通報をした。お前が連行されたあとゆっくり銃を探すつもりだったが、偶然、お前に恨みがある警官が出てきちまって、急きょ俺も突撃したってわけ。結局、ナイフで怪我させた挙げ句、逃げられたけどな。それでもう、俺のシナリオは台無しだ。犯人逃亡が大ごとになり、罰金で済ませるはずがしめしが付かずに禁固刑。謝らねえからな。とにかく、銃の始末が終わったら、安心して表に出てこいと言ってやるつもりだったんだ。それが」



――それが水樹の願いだったから。


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