第16話

 ――出所日は快晴だった。バス停に向かいながら、抜けるような空を見上げた。



「おつとめごくろうさま」


 キャップを深く被った男が、マスクを取り歯を見せて笑った。


「キイ」

「殴られにきてあげた」


 スリ師の面会のあと、ずっと引っかかっていたキイのことを理解した。スリ師は、キイが私の代わりに現れたあの朝に、彼に全てを打ち明けたのだろう。


「まずはお礼を言わなきゃいけないわね」

「いいよ。僕達はエスに踊らされてたってわけ。あの回りくどいスリ師は君を社会復帰させるために職権乱用した正真正銘の悪人だ。あの朝、君を連行して銃を消すだけだと聞いていたから面白半分で見学してたのに、君ときたら奴を殺しかけた。あれはさすがの僕も焦ったよ」


 陰から様子を見ていたキイは、私の暴走を阻止すべく発砲したのだ。殺し屋でもない私が警察官を手にかけたら絶対に捕まる。スリ師の狙いが本当に花なら甘んじて受け入れるが、本質が同じものを守ろうとした相手を見誤って殺してしまうのは、あまりに悲しく、そして馬鹿らしい。


「僕はエスを見殺しにしてしまった。今でも後悔してる。だからせめて、あいつの一番大切なものを守ってやろうと思った。僕はね、あの朝、本当は銃口をスリ師に突きつけてたんだよ。話と違う動きをしたら撃つつもりでね。だってエスならそうするだろうと思ったんだ。これで分かったかな。つまり、君を守ったのはエスなんだよ。君こそエスの魂だ」


 恋人と水樹とエスの魂。恋人を車軸にした私達が守りたかったのは、花と銃、それから私だった。涙が溢れた。



「……もう少し、生きてみようかな」

「ははっ」



 キイと肩を並べて歩き、別れ、家に帰った。


 そこは恋人のいない家。花だけはある家。

 今なら分かる。愛されていたと。

 

「ただいま」


 ――おかえり





















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【トップニュース!郊外の住宅で女性がフルーツナイフで刺され死亡。花壇に倒れているところを近所の小学生が発見。警察官の男を殺人容疑で緊急逮捕!】コメント9999件

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