第13話
新しい朝、風で揺れる花。朝露が白く光って美しい。何年も世話をしてきたのに、なぜ今まで気付かなかったのだろう。
「コーヒーはいかが」
「遠慮しておく」
これを恋人と眺めていたときが、私は一番幸せだったのかもしれない。
ヨンはひとりで来たようだ。しゃがみ込んだまま言葉を選び、花たちを眺めていると、腕を掴まれ立たされた。
「行くぞ」
素手で喧嘩に勝ちたいなら頬骨を叩き割るのが一番早い。コツはひとつ、躊躇しない。いかにも女がやりそうな、髪を引っ張るだの、押すだのひっかくだのは何の意味もない。ポエミーなお喋りも不要。拳を振り抜き、殺す気でかかれ、何かを守りたいのなら――
――死ね
首は折れなかった。薄い骨が皮膚の下でミシリと動く感覚はあった。
覚悟を決めていた。ヨンの息の根を止められれば、花はキイに任せられる。そうすれば、私には失うものがない。憎悪を込めて殴り飛ばした。恋人を餌にし、彼の花を人質にしたペテン師だ。切り刻んで花壇の肥料にしてくれる。
しかし腐っても警察、一応は鍛えているらしい。真横に吹っ飛んだヨンは気絶することもなく、血の混ざった唾を吐いた。
あお向けに倒れるヨンに飛びかかり、胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「……テメエ、どういうつもりだ」
「殺すと言ったでしょう」
左手で上体を地面に押しつけ、右腕を振り上げた瞬間、開いたわき腹に重い一発をもらい息が止まった。一瞬の隙に首の傷を狙われ飛び退く。折れた肋骨が肺に刺さると面倒だし、出血も避けたい。
ヨンがぬっと立ち上がった。焦りはない。懐かしい快感との邂逅。徐々に痛みを感じなくなる。私は強い。喧嘩なら、誰にも負けない。
ふらついているうちにとどめを刺すつもりだった。間合いをはかり、鍛えられない内臓を狙って走り出した瞬間、乾いた音が響き、痛みが遅れてやってきた――。
リボルバーの銃声が耳に残っている。背後から撃たれたらしい。本郷邸でフルーツナイフを投げた血の気の多い警官が隠れていたのかもしれない。私に恨みがあると言っていたが、殺意の感じられないスマートな一発だった。警察より殺し屋に向いている。
遠のく意識の中で、敵ながら素晴らしい仕事だと賞賛を送った。隠居して丸くなったのか、ここ最近は他人の仕事ぶりに感心させられてばかりいる。気を失う前に職人の顔を拝んでやろうと振り向いた。
私を見すえ、銃口を向けていたのは、キイだった。
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