第7話

 スリ師は内ポケットから写真を一枚取り出すと、テーブルに滑らせた。

 レストランで盗撮されたらしいスーツの男は、その身なりから社会的な立場のある人間だろうと想像出来た。しかし堅気だとしても犯罪者顔と呼べるものがいる。どことなく胡散臭く、他者の警戒心をあおるような顔。写真の男はまさにそういうタイプだった。


「詳細が知りたいか?」

「名前と家族構成だけ」

「本郷貞治。不倫中の本妻と、愛人が二人。子供はなし。服を着た小型犬がいる」

「あんたのことよ」

「理由は知らねえがエスにはヨンと呼ばれてたな。シングル。泊めてくれよ」


 そう言って楽しくなさそうにケラケラと笑った。つまらないのは私も同じだった。人付き合いを避けてきた私には、ジョークのセンスが全く分からない。


「一週間後に」

「明後日だ」

「引き受けるんだから、口出ししないで」

「おい、立場を忘れるなよ。花壇を守りたきゃあ、言うこと聞け」

「消えて」


 ヨンは鼻で笑うと素直に出て行った。テーブルに残された写真の裏には、自宅と思われる住所が書き付けられている。感謝などするわけがない。頭痛がする。



 ꕤ ꕤ ꕤ



 翌日の午前、本郷の自宅を下見していると、ヨンから電話がかかってきた。狙ったように頭にくるタイミングで現れる。


「毎週土曜、きっかり九時。本郷はゴルフの練習に行く習慣がある。会員制インドアで部外者立入禁止だから、明日はその道中をねらう」

「それで?」

「妻が外出したら電話してくれ。出かけることは分かってる。無人を確認したら、犬をどっかに繋いでおけよ。後はターゲットを車ごと自宅に送って差し上げる。お前はコーヒーを出す。以上」


 ずさんな作戦だ。バレることはいとわないらしい。おそらくヨンは逃げ道があるのだろう。バレたところで、きっと困るのは私だけだ。


「間違っても殺すなよ。暗証番号を聞き出せ」

「金庫? カード?」

「前者。中身はヤク。自宅の地下シェルターに隠されてる。これが世に出たら奴は終わりだ。口止め料で月にだって行ける。何度でもな。金を生むニワトリってわけ」

「簡単な話じゃない。自分で聞き出さない理由は?」

「俺は信用されてるんだ」

「どの面で?」


 ヨンは笑いながら電話を切った。ただでさえブランクがあるのに、こんな適当な奴と仕事をして大丈夫だろうか。自分で下調べに来たのは正解だった。


 車庫のシャッターは格子状で閉めても中が丸見えだ。スリ師に真っ昼間の誘拐が務まるのかと、不安が募る。

 正門に回ると、庭を挟み大きな窓が見えた。遮光カーテンで閉ざされているが、日当たりが良くおそらくはリビングだ。午前中いっぱい様子を見たが、平日の朝、換気の習慣はないらしかった。妻は怠惰なのかもしれない。


 庭に植えたっきりの花はしなびてぐったりとしている。それを見て、気持ちがなえた。下見したところで結局ヨンに舵を取られると思うとやる気がなくなり、万が一の逃走ルートだけ確認して帰宅を決めた。


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