第3話
「一年経つのに、あいつの書斎はそのままにしてるんだね」
「何もかもそのままよ」
コーヒーを手渡し、家中を見て回るキイを好きなようにさせた。彼がここへ来たのは初めてではないし、キイと恋人との付き合いは、私よりずっと長かったのだ。
「キイ」
「謝らなくていいよ。おかげで歯が綺麗になったんだ。あ、殴り足りないってはなし?」
そう言ってクスクスと笑った。この無邪気な犯罪者は、基本的に真面目さに欠ける。
「あれからどうしてたの」
「新しい相棒が見付からないから開店休業。窃盗集団にスカウトされる始末だよ。誇り高き鍵師の時代は終わりなのかな」
軽い様子でぺらぺらと喋り続けているが、その目は油断なく光っている。相変わらず手先が器用で口がよく回るキイは、感情が顔に出やすいところも変わっていなかった。
「もういいでしょ。言いなさいよ。何の用事で来たの」
一度はすっとぼけて見せたが早々に家探しを止め、ソファにどかりと腰を下ろした。
「変なスリにあったんだ。駅のコインロッカーを破ったら、僕の名義のキャッシュカードが入ってた。しかもよく見れば偽物で、口座の印字が知らない電話番号になってたんだ。ゾッとするだろ」
「私の差し金だろうって?」
「あいつの一周忌だと気が付いて、もしかしてまだ恨まれてるのかと思ったんだ。それに本物のカードを返してもらわないと生活費がおろせなくて困る。ははっ。まあ、ここにはないようだね」
キイは偽のカードをテーブルに滑らせた。なるほどよく出来ている。うっかりATMに入れてしまっても不思議ではない。
「誰の番号だと思う?」
「残念なことに見覚えがあるわ」
昨夜の腕時計の話をしている間、まばたきせずに観察したキイのリアクションは信用するに値した。
「電話、かけてみようか」
「やめなさいよ」
「僕のカードはいいとしてさ、君の腕時計は大切なものじゃないか」
あれは恋人から貰ったものだった。積極的に手放したいとは思わないが、取り返すには労力が必要だと予感した。あのスリ師はただ者ではない。恋人には悪いが、得体の知れない犯罪者とやり合えるほど私は元気ではない。時計に命が宿っていれば別の話だが。
「いっそ清々したわ。面倒ごとはごめんなの」
キイはとたんに表情を失い、冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がった。このお調子者は、もしかしたら状況を面白がっていたのかもしれない。恋人なら付き合っただろうが、私にはそこまでする義理も興味もない。
キイは後ろ手を振り、昨日も来たような調子で出て行った。
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