第44話始まりは君のそばで⑤

ーアランー




「おい、なぜ玄関に向かう」


シルヴィが朝食を終え、部屋に戻った後、急に出かける準備を始めたから、慌てた。


「ほしいものがあってね。今日は子爵令息様とデートなの。」


「…聞いていないぞ」


「言っていないもの。あ、お迎えが来たわ」


迎えに来た令息は、貴族とばれないように変装しているとはいえ、品の良さが隠しきれていない。金持ち商会の坊ちゃんってところだな。


朝から、ワンピースを着ていたからおかしいと思っていたんだ。ああ、ちくしょう。今日は、作らなければならない報告書があったはず…侯爵家の騎士たちの訓練はキャンセルするとして…


「あら、あなたは付いてこなくていいわ。」


は?


「…どういうこと、です。」


「ほら子爵家の護衛もいるし、何よりベルナール様は、あなたが認めた剣の腕前なんでしょう?」



くっ!



「力不足かもしれませんが、しっかり守り、無事に家まで送り届けます。」


当然だ!!


「…わかりました。お嬢様、お気をつけて…」



令息に、エスコートされ馬車に乗り込む。窓から手を振るシルヴィ。



…なんだ?いらいらする。気が晴れない。くそ!訓練に力が入りそうだ。



侯爵家の騎士との訓練を終え、邸へ戻る。




「困るよ~、うちの騎士を再起不能にされては」



‥‥‥。



「置いていかれたからってそんなに不機嫌になっちゃだめだよ。こんな事これからずーっと続くんだよ。君、シルヴィに付いていくんでしょ」



わかっている。わかっているつもりだった。



「いつ婚約するんだ」


「うーん、今日みたいにデートを重ねて、お互いをよく知ってからって言ってたけど。お似合いだし、雰囲気もよさそうじゃない?すぐだと思うよ。」



すぐか…



「そんな顔をするなら、嫁入りに付いていくのを諦めたら?君がよければ、うちにずっといてもいいんだよ。」


「…いやだ、付いていく。約束したんだ。」



「はは、きみはいくつになっても…まったく」


こいつは時々俺を子ども扱いする…



********************


もう夕暮れだ。遅すぎないか?あ、あの馬車だな。



「ただいま。どうしたの怖い顔をして?」


「別に。お前は俺に心配かけさせて楽しいか?」



せめて帰る時刻を言ってから行け!



「遅くなっちゃったかしら。でも、あなたがおすすめした人よ。心配することはないわ。」


‥‥‥。


「次は付いていく。」



「そう?わかったわ。まだ手に入らなそうだから、明後日また一緒に出かけるわ。」



********************


2日後



「…護衛の方も、共に来られるのですか?」


「そうだ、悪いか?」


「い、いいえ、大丈夫です。心強いです。」



いつものように一緒に馬車に乗ることなく、馬に乗る。

馬車の中で笑い合いながら話をしている二人が目に入る。

いつもその場所は俺の…いや、何を…。




ああ、つまらない。シルヴィは、俺に一切話しかけない。そりゃそうだ。婚約者候補といるのに護衛に話しかけるなんておかしな話だ。ああ、くそっ!付いてくるんじゃなかった。いや、邸にいても心配で落ち着かない。商品を手に相談されるのも、一緒に何かを食べ、感想を言い合うのも…そうか。これからは俺じゃないんだな。


シルヴィの今日を記憶に残す人間が増えるってことだろ、喜ばしいことじゃないか。



もやもやした気持ちのまま、邸に着く。




「どうしたの、また怖い顔をして。」


「生まれつきだ。」


「次も付いてくる?」


次か…


「…考えておく。」


「そう?わかったわ。ねえ、アラン。結婚式で夫と誓いを交わすときあなたはどこに控えている?初夜はどの部屋にいる?私に子供が生まれたら可愛がってくれる?死に逝く私を夫が看取ってくれる時、あなたはどこにいる?ちゃんと考えておいてね。」



ああ、ちくしょう。幸せを願うってこんなに絶望を伴うものなのか?

…絶望…はは、笑えるな。

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