第18話

回想~シルヴィ・ウィレムス公爵令嬢~



幼馴染がいた。レオンス・クルス侯爵令息。 


公爵であるお母様の同級生の宰相の令息で、将来は婚約者にという話もあったそうだ。


幼い頃はともに遊び、共に学び、共に怒られたこともある。お互いを名前で呼び合って楽しく過ごした。そう、大切な思い出だった。



学院入学後、優秀な兄と比べられると落ち込んでいた仲のよかった幼馴染に、こっそり能力強化の魔法をかけたのは嫌がらせではなかった。




態度が徐々に変わっていったのは、なぜだったかしら?

王太子やお義兄様の言うことを真に受けたから?

能力が認められ、王太子の側近となりちやほやされ始めたから?

優秀な成績を収め、頭角を現し、次期宰相は兄ではなく弟だと言われた始めたから?

ミラベル、あの男爵令嬢と距離が近くなったから?




『王太子の婚約者として、社交的ではないぞ、シルヴィ。ミラベルは、あんなにも朗らかなのに』


『優秀な成績だと自慢しているのか?ミラベルのような女性らしい謙虚さをもつべきだ』


『聖女としての仕事はしっかりしているのか?ミラベルが憂いていたぞ。聖女としての力はないのにあんなに皆から慕われているミラベルを見習ういい』


『公爵家の金で多くの買い物をするのはやめた方がいい。フェルナンが呆れていたぞ。いずれ家を出るのだ。次期公爵のフェルナンが困るようなことはしないでくれ』



ああ、才能以上の能力をもつと人はこのように変わってしまうのだろうか。いや、人によりけりね。友として期待をしていた分、落胆が大きい。でも、常に自分の身の丈を意識して、才能を過信してはいけないことがわかったわ。反面教師。いい勉強になった。



お礼に、能力強化の魔法を強めてあげる。さらに、自分の優秀さを鼻にかけるようになり、忠告という名で私をけなすことがも増えていったけど、別にいいわ。これはあなたへの嫌がらせなのだから。



********************


聖女になりたての頃、訓練だと言って神殿長に単身で辺境伯領に送られた。



魔物は討伐された後だったが、寒々しい景色の中で、結界を張り続けるのは、厳しい皇太子妃教育を経験していた私にとっても、辛いことだった。


しかし、私を哀れに思った辺境伯夫妻が、快く暖かい部屋と食事を提供してくれ、滞在中は、とてもかわいがってもらった。


「こんなに小さいのに、辺境伯領のために結界を張ってくれるのだもの。自分の家だと思ってリラックスしてね。」



亡くなった母に似た、愛情溢れる辺境伯夫人の優しさにこっそり涙した。自分の家でリラックスしたことはここ数年ない。



「なあ、シルヴィ、結界を張っているときは俺もそばにいてやるぞ。」


騎士としての訓練を始めたばかりの、辺境伯令息のダニエルは、同い年なのにいつも兄ぶる。



「俺も、大きくなったら王都の学院に行くんだ。シルヴィもいるのなら楽しみだな。」


二カっと笑うその笑顔に救われたのは、嘘ではない。




学院の入学式、私を見つけたダニエルが、笑顔で話しかけてきた。


「シルヴィだろ?久しぶりだな。ん?なんだかやせたんじゃないか?いっぱい食って、いっぱい寝ろよ。」


変わらない世話好きの兄といった懐かしい雰囲気に触れ、心が温かくなった。




「あれ、シルヴィ様?こんにちは。こちらの方は?」


ミラベル男爵令嬢が話しかけてきた。いくら学院とはいえ、身分をわきまえることはしないのだろうか。しかし、他の者の目もあり、狭量なところを見せてはと、ダニエルを紹介する。


「まあ、すごい筋肉、素敵ですわ。そうだ、私、辺境伯領のお話を聞きたいわ。学院を案内しますから、その間お話を聞かせてくださらない?」



腕をからめとり、強引に連れて行く。ああ、もう私のことなど見えていないのね。



「え、あ、すまん、シルヴィ。また今度。」



正義感の強いダニエルは何を吹き込まれたのか、また今度は永遠に訪れなかった。

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