第8話
扇を閉じ、手のひらにたたきつけパン!と心地よい音を出す。
殿下の髪の色がだんだん変化…いや、瞳の色や顔つきも若干変わってきている。
あわせて、王妃陛下の顔色がどんどん悪くなる。
「だれか、鏡を殿下に。」
シルヴィ・ウィレムス公爵令嬢と目が合った衛兵の一人が慌てて殿下に鏡を差し出す。
殿下の側近は、何が起きたかわからないといった感じでだれも動けずにいる。
男爵令嬢は、座り込んだまま、口を開けて唖然としている。
「…どういうことだ、これは、いったい私に何をした!」
「何もしておりませんわ。正確に言うと何かをしていたことを辞めたというほうが正しいですわね。殿下は、幻覚魔法ってご存じです?」
「…知らない…なんだ、なぜだ、嘘だ」
殿下の言葉がもう言葉になっていない。
「初めてお会いした時の殿下は、王家特有のきらめく金色の髪ではなく、どちらかというと黄色に近いゴールドでした。また瞳も透き通る青ではなく、紫がかっておりました。そう、例えば…王妃様のご実家の元執事見習のように。」
ばっと、王妃陛下を見る国王陛下の目は、人を殺せそうなほどだ。恐怖で震える王妃陛下。
「ほら、私、王妃になるのでしたら、無駄な争いに巻き込まれたくありませんでしたから、少しずつ少しずつ国王陛下に色や顔つきが近づくように殿下の見た目を調整したのですわ。誰にも気づかれないように、幻覚魔法をかけ続けるって結構魔力が必要ですのよ。まあ、魔力といいますか私の場合聖力ですが。でも、年齢が上がるにつれ力も増えて行きましたから…特に今は何ともありません、ええ、お気遣いいりませんわ。」
国王陛下が、自分にそっくりな息子を溺愛していることは有名だ。
「王妃様はそちらの男爵令嬢と同じで博愛の精神を持ち合わせておりますから。なるべくしてなったと言いますか。ねえ、ふふふ。」
博愛の精神という言葉に王妃陛下と男爵令嬢の顔が引きつる。
ここから立ち去りたいのに誰もが足が動かせない。何より目立ちたくない。いいようのない恐怖が立ち込める。私とて、他の誰かより先に動きたくない。
「当たり前が当たり前じゃなくなったとき人は恐怖するものです。手にしているものが大きければ大きいほどなくした時の喪失感は大きいものです。与える力と奪う力があったものですから、傍若無人にふるまってそんな嫌がらせをしてしまいましたの。国王陛下にお伺いします。私の功績は、決して表に出ることはありませんでした。それは構わないのですが、未来の王太子妃であり大聖女の力を有する私が、誰からも敬われることなく、粗末に扱われる原因を作ったのは、誰だと思われます?」
静まり返る会場。公爵令嬢が再びひらりとドレスを摘まんだ。ああ、最後のカーテシーをするのだな。
「ふふ、答えはその中に。それでは、私これにてお暇いたしますわ。この先何か疑問があり解決しませんでしたら、そちらの冊子に答えが書いておりますので、ご覧ください。今、この国での私が終わり、そして、皆様の終わりが始まるのです。ごきげんよう。」
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