第33話どうしてこんなことに… sideソフィア
sideソフィア
いったい何なの?
昨日、2週間の休職を終え、職場の扉を開けた瞬間、先輩たちの『なんだ、お前か』と言わんばかりの表情が目に飛び込んできた。
良く戻ってきた!やっぱりソフィアがいないと。普通、先輩ならそう声をかけるべきでしょ?話しかけても、忙しそうにして、話を片手間でしか聞いてくれないし、ため息をつく人までいる。誰一人として復帰を喜ぶ素振りを見せない。
ウィリアムもウィリアムよ。私の顔を見るなり、次々と仕事を押し付けて。薬草をとってこいだの、このパターンを試して結果をまとめろだの、時間がないだのイライラしてばかり。
だから今日は休んでやったわ。
陽光が差し込む広々としたサロンで、ドレスを纏い、静かに椅子に腰を下ろす。最近働き過ぎだったから、こんな日もいいわね。他の誰かが働いている中での休息。なんて贅沢なひとときだろうか。
高級な磁器のティーカップを指先でそっと持ち上げ、一口、紅茶を口に含む。窓の外に広がる庭園の緑を眺めながら、ゆっくりとカップを置く。
「…それにしても、フローリアがあんなに美人だっただなんて」
確かに、姉2人が社交界の華と呼ばれているのは知っていた。その妹なのにずいぶん…と思っていたけど。すっかり騙されたわ。美容に興味がなさそうにしていたのに、髪も肌もきれいだったわ。なんだ…私が親切に教えてあげなくても、共同研究、もっとフローリアにやってもらえたってことじゃない?
第3騎士団の騎士たちもフローリアとエドモンド様がいなくなったあと、もう私のことなんか目にも入っていないようで、ずっとフローリアの話ばかり!エドモンド様は、フローリアの顔を知っていたようだし…道理で、あんなにアプローチしたのに、気のない感じだったわけね。はぁ、嫌だわ、男の方って。
***
コンコンコン
ドアが静かにノックされた。
「どうぞ、入って」
使用人が部屋に入り、深々とお辞儀をする。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
お父様が?こんな昼にもう帰ってきたの?ティーカップを見つめ、軽く息をつくカップをソーサーに戻し、軽やかに立ち上がると、使用人に小さく頷いた。
いったい何の用かしら?使用人に案内されお父様の執務室へと向かう。部屋には、お父様が渋い顔をしてソファに座っていた。
「ソフィア、とりあえず座りなさい」
お父様の重々しい声が執務室の静寂を切り裂いた。表情はいつになく険しく、その深刻さをすぐに察した。
今日仕事をさぼったことかしら?
長い沈黙が続いた後、お父様はようやく口を開いた。
「…お前の結婚が決まった」
「はい?婚約者もいませんが、結婚ですか?」
一瞬耳を疑った。お父様は、お兄様がいるから、自由な結婚を許すと約束してくださったはずだ。それなのに、結婚?
「そうだ。婚約ではなく、結婚が決まったんだ。仕事も辞めてもらう」
「仕事を!?なんでですか?私、まだ仕事を辞めたくありません!王妃様からの依頼で作った部門の主任ですし、そんな簡単に…」
お父様に、必死に理由を求めた。
「その王妃様からの縁談だ。先に言っておくが、決して良縁ではない」
父の言葉は容赦なかった。良縁じゃない?思考が追い付かない。
「…私は、お前が王妃様から直々に褒められ、王妃様のお気に入りだと聞いていた。だが…いったい、何をやらかしたんだ!」
「何もやらかしてなどいません!強いて言えば、ご依頼の品がまだ完成していないくらいで…」
確かに仕事は順調ではないが…それは、私だけのせいじゃないわ!そんなことで、気分を損ねたの?
「依頼の品…おそらくそれだけではない。王妃様からこう言われたのだ。『令嬢が他者の功績を、ご自分のものとして扱っておられるという噂を耳にしましたの。まさか、この国でそのような振る舞いをする方がいらっしゃるとは、少々驚かされますわ。それに加えて、薬師としてのお役目よりも、ご自身の恋愛に重きを置かれているご様子とか。ですので、私の方からふさわしいお相手をご紹介するのも一興かと。いかがかしら?』と…」
「そんな!嘘です!」
そんな噂は、いったい誰が流したの?
しかし、父は続けた。
「私もそう思い、室長に確認を取った。しかし、お前の栄光や地位が、実際には同期たちの力なくしては成し得なかったことを知ったのだ。協力ではなかったのだろう?功績のほとんどはフローリアという同期のものだったと…」
「違います!それは誤解です。私は…」
必死に反論しようとするが、父の冷ややかな視線が言葉を遮った。
「違っていようが、違っていまいが、もう手遅れだ」
自分の運命が、王妃様の一言で完全に決められてしまったの?反論も許されない?…だが、まだ一つだけ確認しなければならないことがあった。
「…私の結婚するお方は」
父は重苦しい表情のまま答えた。
「ラグナリア国の貴族、アルフォンス・デュ・ヴァリエ伯爵だ。我が国と深いつながりを欲しがっていると聞いたことがある。もちろん我が国も。…非常に計算高く、自分の利益を最優先に動く人物だ。人を操り、言葉巧みに取引や人間関係を操作する手腕は一流。周囲の人間など自分のための駒としか見ておらん。歳は私と同じくらいだったか…なんでよりによって…」
異国の貴族との結婚?お父様と同じくらいの年齢?全く知らない世界、見知らぬ風習、言語さえも異なる土地へ送り出される運命。
その言葉は、私の心に重く響いた。
それに…そんなひどい人がいるの?
「お、お父様…嫌です。何とかお断りできませんか?」
「無理だ。これは王妃様の命令と同じだ。断ることなどできはしない。『お似合いの二人だもの。うまくいくんじゃないかしら』そうも、言われてしまった。つまり、王妃様の目には、お前も同じような人間だと映っているということだ。これ以上何か言ったら私の地位も危うい。…あとは、愛人などいないことを願うのみだ」
***
お父様の言葉に衝撃を受けたまま、なんとか自分の部屋へと戻ってきた。頭の中は混乱した思考で渦巻いている。お父様の無情な宣告が繰り返し頭に響き、逃れられない現実が胸を締めつける。
部屋に入ると、何も考えずにそのままベッドに身を投げた。ふわりとした羽毛布団に包まれるが、心の中の重苦しい感情は少しも和らがない。歯を食いしばり、悔しさに涙をこぼしながら枕を何度も叩いた。
「権力や富を得るために冷酷に周囲を利用するような人と結婚?無理よ、そんなの!」
知らない異国の冷酷な人。そんな人物と結婚して、どうやって幸せを築けというのか。
「愛など育めないわ、そんな人と…」
枕に顔を埋めて、声を潜めて呟いた。自分の人生が他者の手で簡単に決められ、無慈悲に運命をねじ曲げられることへの悔しさと無力感が募っていく。
どうしてこんなことに…
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