第6話元宮廷薬師です
次の日の昼、寮を後にした。
疲れと落ち込みが重なり、片づけには予想以上の時間がかかってしまった。荷物をまとめる手がなかなか進まなかったのだ。外に出ると、日差しは明るく、空は澄み渡っていたが、心は重く沈んでいた。
「今から実家に帰るには時間が足りないわね…」
小さくため息をついた。領地までの道のりは馬車で約四時間。夕刻までには着かないだろう。そう考えると、今日のうちに宿を探して泊まる方が良さそうだった。
「王宮もこれで見納めか…」
これまでの忙しい日々の中で、王宮をじっくりと歩く機会はほとんどなかった。今さらだが、もっと色々と探索しておけばよかったと後悔が胸に広がる。もう二度とこの場所に足を踏み入れることはないだろう。そんな思いが私を庭園へと向かわせた。
美しい花々が咲き乱れる庭園を歩きながら、心の整理を試みていた。これからの生活、失った職場、そして将来への不安が頭を巡っていた。
どこかしら、心の空白を埋めたくて、目に映るもの全てを記憶に焼き付けようとするかのように、周囲をじっくりと見渡していた。
しばらく歩くと、庭園の中央にある噴水のそばで、何か、苦しんでいるような男性が目に入った。彼はベンチに腰掛け、片手でお腹を押さえ、顔をしかめている。
どうしよう…声をかけるべきかしら?無視して通り過ぎることもできるけど、かばんの中には自作のポーションが入っている。もし具合が悪いのなら、役に立つかもしれない。よし!
意を決して、男性に近づき、小さな声で呼びかけた。
「あ、あのー…」
驚いたように顔を上げた男性の表情には、驚きと少しの警戒心が浮かんでいた。フローリアはその顔を見て、一瞬息を飲んだ。強面だが、端正な顔立ちは青ざめており、苦痛に耐えている様子が見て取れた。
「具合でも悪いのですか?」
男性は少しためらった後、深いため息をついて答えた。
「ああ、恥ずかしい話、胃が痛いんだ。…実は、私は、第三騎士団で副団長をしているのだが、団長の代わりに出た会合がどうにも合わなくてな。もともと平民だから、貴族のあの嫌味臭い言い方に我慢ならなくて、一発殴ってやりたいのをぐっと我慢していたら胃をやられてしまったようだ。はは、こんな体格でって思うだろ?」
彼の声には、どこか自嘲の響きが含まれていた。
「そんな、体の不調に体格は関係ないですよ。ストレス性の胃痛ですね。それでしたらこれを…」
かばんからポーションを取り出し、男性に差し出した。
「これは?」
「私が作ったポーションです。よろしかったら、お飲みください」
男性は驚いたようにポーションを見つめた。
「いいのか?ポーションなんて高価なものだろうに」
「いいのです。飲むために存在しているのですから。痛みに効くタイプのものなので、きっとお役に立つと思います」
「そうか、じゃあ、遠慮なく」
彼はポーションを受け取り、一気に飲み干した。
飲んだ後、男性はしばらく考え込むように沈黙したが、やがて口を開いた。
「君は、宮廷薬師なのかい?」
「ええ、でも…元宮廷薬師です。つい昨日、人員削減のために首になりまして」
「そうなのか…それは辛かったな。ん?おお!効いてきたぞ。胃の痛みが嘘のように消えていく!すごいな!こんなポーションが作れるのに、首になったのか?」
「えーと、ポーションの質は褒められたことがあるのですが、手早く作るのはまだ修行が必要で…」
「なるほど、それで君はこれからの身の振り方は考えているのか?」
男性は真剣な表情になった。
「ええ、なんとなくは。でも…目的を失って気力が湧かず、どうしたいのか、どうしていいのか…」
話しながら、胸の奥に溜まっていた感情が溢れ出し、涙が止まらなくなってしまった。あんなに昨日泣いたのに…
「っ!ああ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだ。そうだよな、急なことだったんだろう?宮廷薬師の採用は難しいと聞いたことがある。そりゃ、まだ立ち直れていないのに、身の振り方にまで踏み込んでしまって…すまん」
男性は慌ててハンカチを差し出し、フローリアの頭を優しく撫でてくれた。その優しさに、少しだけ心が和らぐのを感じた。
「いいえ、とりあえず今日は宿を探して、また明日考えます」
「宿もないのか?そうか…。おっと、自己紹介がまだだったな。私は第三騎士団の副団長、エドモンド・レイヴンウッドだ。もともと平民だったが、功績を立てたので男爵位を賜っている。しかし、レイヴンウッドという姓がどうも馴染まなくてな。遠慮なくエドモンドと呼んでほしい」
エドモンド様はベンチから立ち上がり礼儀正しく自己紹介して下さった。
「エドモンド様ですね。私はグリムハルト子爵家の三女、フローリアですわ。宮廷薬師は平民もおりましたので、皆、名前で呼び合っておりました。ですので、私のこともフローリアとお呼びください」
正面からエドモンド様を見た。その若々しい顔立ちや精悍な体つきに驚きつつも、その若さで副団長まで登り詰めた彼の実力を感じ取った。彼はおそらく20代後半ほどだろう。それだけの地位に就いていることが彼の優秀さを物語っていた。
「わかった。では、フローリア、実は提案があるのだが…」
「提案ですか?」
エドモンド様は私を見つめ、真剣な声で言った。
「ああ、もし君がよければ、第三騎士団で働かないか?」
第三騎士団?
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