第5話心の痛み

「フローリア!あなたここを辞めるって本当なの?」


研究室を片づけてしばらく経った頃、ふいに扉が開き、ソフィアとウィリアムが入ってきた。2人の顔には心配と驚きが混じっており、明らかに動揺していたが、私は、彼女たちの姿を見た瞬間、胸に複雑な感情が湧き上がった。




「自分で辞めるわけではなく…首なんだって」



部屋の空気が一瞬で重くなり、沈黙が流れた。



「そんな…。3人しかいない同期なのに。それにフローリアがいないと寂しいわ」


「ああ、今まで一緒に頑張ってきたのに」




再び沈黙が訪れる。




「これからどうするんだ?」



「とりあえず寮も明日出なきゃないから。実家に帰ろうかと…。でも、帰ったらきっと結婚して、もう薬学に関わることができなくなる…。どうしよう」




2人は顔を見合わせ、悲痛な表情を浮かべた。



「わかるわ、私も薬学が好きだもの。せっかく宮廷薬師になったのに辛いわね。…フローリア、実は私、美容部門の主任になったの。これからフローリアと一緒にたくさん開発できるって、楽しみにしていたのに、私も辛いわ。誰しも、生きていたら辛いことはあるの。でも、辛いことがあっても何とか乗り越えて行かなくちゃいけないの。違う道を歩むことになるけど、私たちはいつまでも同期よ。お互い頑張りましょう」




その美容部門のせいで自分は職を失ったのだ。そう思ってしまう。ソフィアに成果物の話をしてみようか、いや、室長は決定事項だと言ったのだから、もう何をしても無駄だろう。

ソフィアの言葉に表向きは笑顔を作ろうとしたが、心の奥底ではやるせない気持ちが溢れていた。




「そうだぞ、フローリア。辛い時はいつでも頼ってくれ」



今がまさに一番つらい瞬間なのに、彼らはその痛みを理解しているのだろうか?ウィリアムは話を聞いていなかったのだろうか?



「フローリアを見送りたいのだけど、私たち、新しい部門の打ち合わせ会議がこれからあるの。名残惜しいけど…。落ち着いたら手紙をちょうだい。絶対よ!」



「元気でな」



ソフィアは私の手をしっかりと握りしめた。その手は温かかったが、心の中の空虚さは埋められなかった。2人は激励の言葉を残し、部屋を後にした。




しばらくの間、彼女たちが出て行った扉を見つめていたが、次第に様々な感情が薄れ、現実に引き戻された。



「片づけをしないと…」



自分に言い聞かせるように呟いたが、気持ちが重く、動くのが辛かった。やっていた仕事の引き継ぎ書を作らなきゃ。先輩たちにも挨拶をしなくてはいけない…。




「いや、もうどうでもいいか…」



研究室の中に残された静寂だけが、心に重くのしかかっていた。再び涙を流しながら、淡々と荷物をまとめ始めた。

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