第二章 パンデミッ狐②

「こや〜ん!」


 と、玄関の先に立っていたのは巫女服姿の狐娘。

 ソフィーは一瞬、頭が真っ白になる。


 どうしてお伽話の中にしかいない、獣人族が目の前にいるのか。

 なんて可愛らしい姿をしているのか。

 そんな考えが脳裏を駆け巡ったからだ。


 だがしかし。

 ソフィーはすぐに思い出す。

 昼間ジルが言っていた話を——。


「こやっ!」


 と、ソフィーを正気に戻すように聞こえてくる狐娘の声。

 同時爆散する地面。


「え…….きゃっ!?」


 右腕に感じるのは凄まじい痛み。

 メキメキゴキゴキと、右腕から伝わってくる不快な振動と音。


 かつて冒険者だった頃の記憶が理解させる。

 狐娘に噛みつかれ、骨を折られたのだ。

 そしてそれを理解した瞬間。


「っ!?」


 ソフィーは床へと押し倒されてしまう。

 狐娘の力は異常だ——体躯からは想定できない、凄まじい力を持っている。

 それこそ、たった一息で床へと押し倒されてしまうほどに。


「こやーん!」


 狐尻尾をふりふり、大きく口を開ける狐娘。

 このままでは殺される。

 故に。


「ジル! ジル!!」


 ソフィーは大声で夫の名前を呼びつつ、久しぶりに『重力操作』の魔法を使用。

 狐娘が外へ吹き飛ぶように重力を展開するが。


「!?」


 動かない。

 否、動きは止まったものの吹き飛ばない。

 これはソフィーの家に代々受け継がれる、巨大なミノタウルスすら吹き飛ばせる強力な魔法だ。


(嘘、こんなのっ!)


 それどころか。

 狐娘は重力に抗い、ゆっくりとソフィーの方へとその口を近づけて——。


「ソフィーから離れろ!!」


「ごやっ!?」


 聞こえてくる頼もしい声。

 同時、玄関の外へと吹き飛ぶ狐娘。


 ジルだ。

 ジルが狐娘の顔面に蹴りを入れたのだ。

 結果、怯んだ狐娘は『重力操作』魔法をモロに受けて吹き飛んだのだ。


「ソフィー、怪我は……っ、あいつ!!」


 と、ソフィーの怪我を見るや否や、玄関に置いてあった剣を手に外へと出ていくジル。


「ジル、気をつけてください! その狐娘の身体能力は外見を遥かに超えています!」


 ソフィーがそう言った直後。

 外で巻き起こる剣戟の音。

 ジルから発せられる凄まじい闘気。

 その後。


「ソフィー!」


 狐娘を倒したに違いない、慌てた様子で戻ってくるジル。

 彼はソフィーのすぐ側だ屈むと、怪我の様子を見てくれる。

 ソフィーはそんな彼へと言う。


「私は大丈夫です、お腹の赤ちゃんも! ジルは、ジルには怪我はありませんか?」


「俺は大丈夫だ。肩を噛まれたけど、すぐに払ったから問題ない……そんなことよりソフィーだ! どう見ても大丈夫な怪我じゃない!」


「それは……っ」


「街まで行って助けを呼んで来る!」


「そんな、一人で行くのは危険です! さっきの狐娘の仲間がまだいるかもしれません!」


「この状況を放置した方が大変だ! これでソフィーと赤ちゃんに何かあったら、俺は一生後悔する!」


「ジル……」


「ソフィーは地下室に隠れていてくれ。あそこはシェルターの名残だ。扉も頑丈だし、隠れる場所もたくさんあるから何かあっても見つかる可能性はまずない」


「本当に行くんですか?」


「さっきも言った通りだ。ソフィーの怪我はそのままにしておけない」


「わかりました……どうか気をつけて行ってください」


「ソフィーも絶対に地下室から外には出ないでくれ」


「わかりました」


「じゃあ行ってくる」


 と、玄関から再び外へと出ていくジル。

 ソフィーはそれを見送った後、お守りとしてお気に入りの本を持って地下室へと歩いていくのだった。

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