第一章 パンデミッ狐

 時はクロエ達が産まれる18年前。

 まだ人間が魔物と争っていた時代。

 場所は街から少し離れた場所に建つ木製の家。


「〜〜〜♪」


 現在、ソフィーは椅子に座り読書の真っ最中。

 女勇者が魔王を倒すお気に入りの話だ。


「私の赤ちゃんも、この話の勇者の様に健康に育ってくれるでしょうか?」


 言って、ソフィーは優しくゆっくり自らのお腹を撫でる。

 医者が魔法で調べたところ、もうそろそろ産まれるそうなので、どんな子が産まれてくるのか楽しみで仕方がない。


 などなど。

 ソフィーがそんなことを考えていると。


「ただいま」


 そんな声と共に開く玄関扉。

 入ってきたのは黒髪の男性——夫のジルだ。

 ソフィーはそんな彼へと言う。


「おかえりなさい、ジル! 今日は冒険者ギルドでどんなお仕事をしてきたんですか?」


「ゴブリンの群れの討伐だよ。ソフィーを楽しませるような話はできないかな」


 言って、剣を玄関横に立てかけるジル。

 彼はそのまま近くまでやってくると、テーブルの上に紙袋を置く。


 「ジル、これはなんですか?」


「お土産。街に屋台が出てたから買ってきたんだ。ソフィー……クッキー好きだったよね?」


「はい! でも、私はジルが買ってきてくれたものなら、なんでも大好きですよ!」


「あはは、照れるな」


 言って、ソフィーの向かいの席へと座るジル。

 彼は「そういえば」と挟んだのち、さらにソフィーへと言葉を続けてくる。


「屋台のおじさんから聞いたんだけど、隣の街で最近変な事件があったらしいんだ」


「変な事件……どんな事件でしょうか?」


「地下水路で狐娘が出たんだってさ」


「狐娘さん? 人間に狐耳が生えている、仮想の種族ですよね? とっても可愛いくて大好きです! どうしてそれが事件に?」


「それがなんでも人を喰うらしいんだ」


「人を……っ」


「しかも少しでも噛まれれば、噛まれた奴も狐娘に変化しちゃうらしんだ」


「そんなっ!」


 ソフィーは思わず自らのお腹へと手をやってしまう。

 この世界にはただでさえ魔王のような脅威がいるのに、そんな危険なものまで現れるなんて。


(この子が生きていく世界は大丈夫でしょうか……)


 心配でならない。

 できれば、あらゆる苦悩のない幸せな世界に産み落としてあげたい。

 などなど、ソフィーがそんなことを考えていると。


「そんな心配そうにしないでよ、ソフィー」


「ですが……」


「狐娘は全員討伐されたらしいし、そもそも作り話だよ多分。おじさんも最後は笑いながら話してたし、人を驚かすための十八番か何かじゃないか?」


「そう、でしょうか?」


「大丈夫だよ、仮に何かあっても俺が守るから」


「ジル……はい、なら安心ですね!」


「さて」


 と、再び立ち上がるジル。

 彼は肩を回したのち、ソフィーへと言葉を続けてくる。


「じゃあ俺は地下室の掃除をしてくるから、ソフィーはクッキーを食べてゆっくりしていてよ」


「手伝えなくてごめんなさい」


「居てくれるだけで十分だよ、お前が居るだけで俺は癒されるからね」


「ジル……今のはちょっとキザで嫌です!」


「あはは」


 と、ジルは笑いながらソフィーの頭をポンポンしたのち、地下室がある方へと歩いて行くのだった。



 さてさて。

 そうして時刻は夕方過ぎ。

 辺りが闇に包まれ始めた頃。


「ジル〜! もういい時間です! ご飯にしましょ〜!」


「もうすぐ掃除がひと段落するから、もうちょっと待って〜!」


 これは経験則だが、ジルの「もうちょっと」は一時間くらいかかる。

 もっとも、ジルはソフィーのために掃除してくれているので、文句なんて言えるわけないが。


(一緒に冒険者やってた頃は、よく文句言ってましたっけ)


 あの頃が懐かしい。

 赤ちゃんが大きくなったら、三人で冒険するのも悪くないかもしれない。


(い、いえ! やっぱりダメです! この子には危険な生活はさせられません!)


 冒険者なんてもってのほかだ。

 赤ちゃんが育つ頃にはきっと魔王も倒されて平和な世界になる。

 この子には平和な世界を——。


 ドンドンッ。

 ドンドンドンッ。


 と、ソフィーの思考を断つように聞こえてくる音。

 誰かが玄関扉を叩いているのだ。


「はて、どなたでしょうか?」


 誰かが来る予定は——と、ソフィーはここで思い出す。

 そういえば魔法テレビの通販で、ジルの誕生日プレゼントとして新しい剣を買っているのだ。


(ジルが居ない時間帯に届くようにしたのですが、まさか配達ミスでこの時間に?)


 だとしたら事だ。

 ジルが気がつく前に受け取って早く隠さなければ、サプライズプレゼントにならない。


「こ、こうしてはいられません!」


 ソフィーはそんなことを考えつつ、できる範囲でいそいそと扉へと向かって行く。

 そして扉を開くとそこに居たのは。


「こや〜ん!」


 狐耳、狐尻尾、巫女服が特徴的な金髪ロング、貧乳の狐娘だった。

 

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