プロローグ ドーン・オブ・ザ・狐娘②

「きっついですね……っ」


 これが狐娘だ。

 一匹倒すだけでこれほどの被害が出る。

 そして世界はこの化け物で溢れかえっている。


(っと、気を抜いている場合じゃないですね)


 敵はまだ二匹居るのだ。

 さて、その二匹を対応しているに違いない他の狩人——ゴブリンとオーガ達はどうなっているのか。

 クロエはそんなことを考えた後、部屋の奥の方へと視線を向ける。

 すると見えてきたのは。


「こやーん!」


「こややーん!」


「こややややん!」


「ここここやーん!」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 狐娘が四匹居たからだ。

 先ほどクロエが倒したが個体を含めても、この部屋に入ってきた狐娘は三匹。

 

 それが今では四匹。

 計算が合わないというか、いったいどうしてこうなったのか。


「っ……噛まれて感染しましたね!?」


 ゴブリンとオーガは狐娘に噛まれたのだ。

 結果、キツネコックスに感染——さらに運の悪いことに、ゴブリンとオーガはウィルスの周りが早く、即座に狐娘になったに違いない。


「冗談じゃないですよ!」


 四体同時なんて勝てるわけがない。

 クロエはキツネコックスを無効化できるとはいえ、狐娘の攻撃による物理的なダメージはそのまま受けるのだ。


(実際、左手は折れてますしね……その拍子に魔銃もどっかいっちゃいましたし)


 終わり。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 しかし。


「私はあなた達に殺された両親の仇を取るまで……あなた達を皆殺しにするまで死ねないんですよっ」


 言って、クロエは狐娘四匹がいる方向へと重力を展開。

 さすがに不意打ちは効いたのか、奥の壁へと吹き飛ぶ四匹——同時、クロエの魔力もほぼ枯渇するのを感じる。


 チャンスは今しかない。


 クロエはすぐさま方向転換。

 すれ違いざまに先ほど殺した狐娘の尻尾を切断。

 最後の魔力を使って重力を操作し、それを腰についているポーチ——狩人協会からの支給品である、中の物を圧縮収納できるポーチへと突っ込む……あとは。


「逃げる!」


 部屋から飛び出し、砦の廊下を駆け抜ける。

 もう気配を消しての探索もクソもない。

 相棒との合流地点——最上階まで全力で。


 ドガンッ!


 と、吹き飛ぶ進行方向上にある扉の一つ。

 中から出てきたのは一体の狐娘。


(こんな狐娘を四体引き連れて、バタバタ走ってたら眠ってた個体もおきますよねそりゃあ!)


 魔銃もなければ、魔法も使えないのが悔やまれる。

 もっとも魔法は体感あと一回使えるが、使った瞬間魔力が完全に0になり気絶する可能性が高いので論外だ。

 となれば。


「先手必勝!」


 クロエは持っていた刀を前方の狐娘へと投げつける。

 すると咄嗟といった様子で、それを払いのける狐娘。


(意識が私から離れた!)


 クロエはその隙をついて狐娘の真横を通り過ぎる……が。


「痛っ!!」


 背中に奔る凄まじい痛み。

 おそらく先の狐娘に引っ掻かれたのだろうが、もはや確認してる暇すらない。

 これ以上狐娘が出てくればもう対処不能だ。

 そして問題なのは、この砦にはまだ狐娘がたくさん居ることが確認されているということだ。


(最上階までは近い! この先の螺旋階段を登ったらもう目的地です!)


 そもそも三体の狐娘に襲われ、あの部屋に隠れるという事態が起きなければ、無事にあのゴブリン達と脱出出来ていたのだ。

 

 そんなことを考えながらもたどり着く螺旋階段。

 同時、クロエは見てしまう。


「っ!?」


 螺旋階段の下の階から、溢れるように走ってくる狐娘の群れ。

 その全員がクロエだけを見つめ、他の個体を押し除けながら全力で走ってくる。


「こやこやこやーん!」


 と、そんな声を上げながら。

 クロエは死の気配に呑まれかけるが、すぐさま正気を取り戻し、螺旋階段を上へと駆け出す。


(死ねない!)


 両親の仇を取るためにも。

 命懸けで自分を産んでくれたという両親のためにも。


(死にたくない!)


 バンッ!

 と、クロエは螺旋階段を上がった先の扉を開く。

 するとそこにあったのは夕方の空が見回せる屋上。


「クロエ……走って!!」


 と、どこからともなく聞こえてくるのは相棒——ユナの声。

 クロエはその声に弾かれるように走り出す。

 同時、後ろの扉から溢れるように出てくる大量の狐娘達……しかし。


 ダンッ!

 ダンッ、ダンッ!


 と、聞こえてくるそんな音。

 チラリと背後を振り返ると、狐娘の数匹がクロエに飛びかかろうとしている態勢で氷漬けになっているのが見える。


 ユナだ。

 ユナがスナイパーライフルの魔銃により、援護してくれているのだ。


「長くは保たない……はやく!」


 再び聞こえてくるユナの声。

 同時、屋上の端——空中へと降りてくるのは一軒家ほどの大きさがある白竜と、その背に乗った吸血鬼の少女。


 美しい銀髪を後ろで結った赤眼のその少女。

 クロエとは色違いの白を基調とした旅衣裳。

 頼もしい相棒の姿だ。


 バリンッ!


 と、背後から聞こえてくる音。

 狐娘がユナの氷を破ったに違いない。


「クロエ!」


「わかってますよ!!」


 言って、クロエは大きく跳躍して手を伸ばす。

 そして、ユナはそんなクロエの手をガッチリと掴んでくれる。


「ユナ!」


「ん……わかってる!」


 そんなユナの声と同時、ドラゴンは凄まじい速度で急上昇を開始。

 下では大量の狐娘が勢いそのままに、屋上から地面へと落下していっている。


 クロエはそれを見たのち、ユナの手助けもあってドラゴンの背中へと乗る。

 そして、そのままユナへと言う。


「いや、地獄みたいでしたよあそこ! 偶然あった同業者もやられちゃいましたし」


「ん……クロエが無事ならなんでもいい。例え収入ゼロでもなんでもいい」


「チクチク言葉やめてくださいよ! それに私を誰だと思っているんですか?」


「?」


「換金アイテムなら持ってきましたよ!」


 と、クロエはポーチの中から切り取った狐娘の尻尾を取り出す。

 これは狐娘を倒した証拠になり、狩人協会が買い取ってくれるのだ。


「まぁ狐娘の量のわりに、明らかに割に合ってないのは確かですけどね」


「さっきも言った……クロエが無事ならいい」


 と、再度言ってくるユナ。

 クロエはそんな彼女へと寄りかかりながら、疲れを癒すように目を閉じるのだった。

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