寄蝕
ある種の寄生虫は宿主の行動を操るという。
それは例えば、水中に身を投げさせたり、捕食者である鳥に見つかりやすいような場所に留まらせるといったようなことだ。
そうして宿主を捕食させることで寄生虫はより強い宿主を得て、繁殖するのだという。
ならば、昆虫食とは一体なんなのだろうか?
食糧難に対する切り札……とは言われているが、本当にわざわざ虫を食べる必要はあるのだろうか?
他に考えられるアプローチがある中で昆虫を選ぶ理由はなんなのだろうか?
乾燥し粉砕された虫が原料の粉末の中に、小さな卵が入っていたらどうだろう?
成分状は同じでも生きているのと死んでいるのでは大違いだ。
あるいは人の手で、安全に大量に繁殖した虫達が逃げ出したらどうなるだろう?
食用に輸入された生き物が逃げ出して生態系を壊してしまったなどという話は例をあげればきりがない。
先日、倒産した会社が育てていた虫は一体どうなるんだろうか?
そもそも、昆虫食の言い出しっぺは何を考えていた?
なぜ数多いる生物から、特定の虫を選んだ?
なぜ?
なぜ?
ある種の寄生虫は宿主を操るという。
それは繁殖の為。
より強い宿主を得る為。
嗚呼、我々は蝕まれている。侵蝕されている。
目に見えない小さな生き物に。
▽
「……これが遺書かね?」
「携帯端末のメモ帳に残されていました」
「ふぅん」
「学生証などから、遺体はこの大学の2年生、鎌田貴利氏のもので間違いないようです」
「自殺かね」
「昨晩、深夜に警備員が落下音に気づき発見したそうです。他に人がいた様子も無いようですし、おそらくは」
二人の刑事がある遺体の発見現場をあらためていた。
どうやら学生が一人飛び降り自殺をしたらしい。
事件性は無さそうだがもしかしたらと言うこともある為、鑑識結果などを元に聞き込みをするようだった。
「……うわ」
「ん、どうかしたか?」
「いえ、貴利氏の最近のWebページの閲覧履歴なのですが……」
若手の刑事が見ていた携帯端末には、昆虫食や虫を元にした着色料についてのWebページが示されていた。
「ふぅん……意図せず虫を喰っちまったから衝動的に……か。まぁ無い話じゃあないか」
「聞き込みによれば綺麗好きというか、潔癖症といったような性格だったそうですし、その可能性が高いかと」
「やっぱり他殺の線は無さそうだな、帰るか」
「はい!」
やはり自殺で間違いない無さそうだと調査を切り上げようとしたその帰り際、ベテランの刑事が地面を眺めていると妙なことに気づいた。
「ん?」
「何かありましたか?」
「ここに落ちてきたにしては……血痕が伸びすぎなような気がしてな」
刑事の視線の先には、遺体のあった位置から10m近くに伸びた血痕が残されていた。
それはさながら何かが遺体から這い出していった痕のようであった。
うっすらと地面に残った赤い無数の線は、排水溝のグレーチングの中に消えていた。
【KAC20247】キショク 雪月 @Yutuki4324
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます