忌色
注射器を持つ手が震える。
何度も刺し直した針の痕がジクジクと痛んだ。
それでもなんとか上手く採血できたようで抜き取った血液がシリンダーに満たされた。
それなりに健康には気を遣ってきたつもりだった。
野菜は田舎から大量に送られてきたし、自炊の腕もそこそこだという自負はあった。
だが、自分の血はこんなに鮮やかな色をしていただろうか?
乏しい医学知識と健康診断でチラと見た記憶に照らしあわせれば静脈血というのはもう少し暗い色ではなかっただろうか?
脳裏に浮かぶのは、虫から造り出されるという鮮やかな赤い色素だ。
あの日以来、貴利は、知らず知らずの内に口にしていた小さな虫達が、身体の中を這い回っているという嫌な考えに取りつかれてしまっていた。
貴利はガラス製のシャーレに自らの身体から抜き取った血液をたらし、数万倍まで拡大できるという顕微鏡の試料台に置いた。
レンズに目をつけ、ピントを調整していくほどに心臓が早鐘をうつようにドクドクと鳴る。
自分の身体の中に虫などいない、それを確かめたいが為に深夜の医学部に忍びこんでまでこんなことをしているのだ。
だというのに、無意識は見るな見るなと騒ぎ立てる。
やがてピントがハッキリとしていき、それは見えた。
それは小さな赤い丸いものであった。
血液の中にはいくつもの小さな赤い虫のようなものが、無数にうぞうぞうぞうぞと、蠢いていた。
虫の背には人間の目が一つ、ついていた。
しばらく不規則に動いていた“虫”はピタリと動きを止めたかと思うと一斉にギョロリとレンズ越しの貴利と目を合わせた。
「ヒッ」
ガチャン。
咄嗟に振るわれた腕にはね除けられたシャーレが落ちて砕ける音が響く。
上擦った悲鳴を上げると貴利は這うように試験室から逃げ出した。
試験室の床には鮮やかな色の赤い液体が僅かに残された。
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