【KAC20247】キショク

雪月

奇食


「やっぱりさぁ、時代はオーガニック!天然ものよね!食品添加物なんてナンセンスだわ」


 そんな風に豪語しているのは、黒髪にインナーカラーのどギツイピンク色を覗かせた、いかにもお洒落大好きという雰囲気を醸し出した女子学生だった。


 その女子学生はとある大学の学食の中央付近の席で、駅前に新しく開店したというオーガニックのお弁当屋からわざわざ買ってきたサンドイッチを片手に、やや大げさな身振り手振りで向かいに座った二人の友人に話しかけていた。


「どうせ雑誌かなんかで読んだんでしょ、茜?」

「えへへ、わかる?わかっちゃう?さすが葵ちゃんだね」


 どうやら茜と呼ばれたその女性が雑誌で読んだ情報にすぐに飛び付くのはいつものことのようで、葵と呼ばれた黒のベリーショートに長身の女性は呆れたように、肩をすくめていた。


「ま、私がミーハーなのはいつものことだけどさっ、葵ちゃんはもうちょっと健康に気を遣ったらどう?学食に来てるのにカップ麺とプロテインバーってさぁ」

「茜みたいに実家が太くないのよ、あたしらは。ね、瑠璃」

「ん」


 瑠璃と呼ばれた黒の長髪に黒ぶち眼鏡のいかにもガリ勉といった風な小柄な女性は、極短く返事を返すと眼鏡を曇らせながら学食の蕎麦を音を立てて啜った。


「葵ちゃんも瑠璃ちゃんみたいに学食頼めばいいじゃん!合成着色料に防腐剤、化学調味料……添加物の塊食べてるようなもんじゃない?」

「あたしは気にしないからいいのよ。学食は一食400円。こっちのほうが100円安くすむ。だいたいさ、天然ものだからってイイものってわけじゃないでしょ?」

「もー!私は葵ちゃんが心配なんだってば!瑠璃ちゃんも何とかいってあげてよー!」


 彼女達は三者三様、タイプが全く違うのにも関わらず仲が良さそうに姦しくしていた。

 茜に話を振られた瑠璃は、曇った眼鏡をキラリと光らせると蕎麦の中から紅白かまぼこを箸でつまみ上げ、ピっと茜に突き出して抑揚の無い声を出した。


「ねぇ、知ってる?」

「「出た!瑠璃先生の豆知識!」」

「かまぼこの赤い色は、虫から抽出した赤色なんだってー」

「「えぇ?!」」

「ちなみに天然着色料」

「「えぇ……」」


 瑠璃の披露した豆知識に、最初だけはテンションを上げた茜と葵だがその内容に一気にげんなりとしてしまった。


「天然ものでも虫は嫌だよぉ……」

「なぁ、瑠璃?他に、他に虫使ってる着色料って無いのか?あたしも虫は勘弁だ」

「えっとねー」


 食事時にするには話の内容は非常にアレだったが、再び三人は姦しく話を続けた。

 彼女達の後ろの席から一人の男子学生が食事を残したまま口を抑えて席を立ったことに気づきもせずに。

 彼の去った後には、齧りかけのかまぼこの入った蕎麦がつゆを吸ってふやけていくだけだった。


 ▽


「あり得ないあり得ないあり得ない……!」


 一人の男子学生が足早にトイレの個室に駆け込み、喉の奥に指を突っ込んで、いましがた口にしたものを無理やり吐き出しでいた。


 彼の名前は鎌田貴利といった。

 貴利は生粋の“虫嫌い”であった。


 貴利の実家は田舎の山の中にあった。

 分かるものには分かる話ではあるが、山というのはとにかく虫が多い。

 暗くなれば走光性に従った有象無象がバタバタと舞っては白熱電球の熱に焼かれて、あるいは明かりの漏れた窓ガラスにガンガンとぶつかって落ちてはピクピクと悶えているし、カサカサコソコソと百足や蜘蛛が床や壁を這い回る足音がする。


 無論、山暮らしだからこそ虫が平気ということもあるだろう。

 しかし、貴利は元々潔癖症の気もあったからか、あるいは幼い頃、朝起きたら口の中に百足が入っていた……というような経験をしたからかとかく虫が苦手であった。


「気色が悪い……」


 ひとしきり吐いた後、貴利は携帯端末を叩いていた。

 昆虫食というものがあるのは知っていた。

 コオロギだとか、バッタだとかそういうのを粉末にして小麦粉なんかの代わりにしようというアレだ。

 昆虫食はこれから人類が直面するであろう食糧難に対する切り札になるなどとまことしやかに言われていたが「虫を喰うなら死んだほうがマシ」だと貴利は思っていたし、ある昆虫食を手掛けていた会社が倒産したという話も耳に新しい。

 やはりどうしようもない忌避の感情というものはあるのだろう。


 だと言うのに……。


「コチニール色素……本当に虫が食べ物の色づけに使われてるなんて」


 端末に表示されているその色素は、カイガラムシという虫から抽出されるとしっかりと書かれていた。

 それは、よく畑の野菜についていた小さな虫の仲間らしい。


 途端、貴利は再びの吐き気に襲われた。

 知らず知らずの内に、虫を体に入れていたかもしれない。

 その感覚は虫嫌いの貴利には耐え難いものだった。

 貴利はまた個室で突っ伏すと、空っぽの胃から消化液を吐いた。

 少し血の混じったそれが貴利には自分の体から吐きだされた小さな虫に見えた。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 作者より


 KACで『色』というお題が出た時に、何をテーマにしようかなと、思いついたのが『着色料』でした。

 それで調べる内にこのコチニール色素というのを見つけました!

 実は私も今日初めて存在を知りました(笑)

 なんと10世紀からあるかなり伝統的な天然着色料なんですねー。



 実は今日、スーパーで“かまぼこ”を見てきました……が!

 使われていたのは『赤色3号』でした!

 これは合成着色料ですね。

 日本ではそんなに使われてないのかな?

 コチニール色素は赤色とかオレンジ色になるみたいなので皆さんもちょっと気にしてみてくださいね!
















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