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「俺、は……」


 意識して空気を肺へ送り込む。

 信じてしまえと命令してくる脳に、落ち着けと必死に伝える。

 その結果、口角が不器用に上がった。


「俺は。久しぶりに会ったお前の悪ふざけだと思う」


 男は泣きそうな顔をした。


「あなたなら、信じてくれると思ってました」


 ——伊藤は、そんな顔をしない。

 彼は常に傲慢で、でも謎に愛嬌があったから嫌われたりしていなくて、いつも周りに取り巻きがいた。そんな様子を遠巻きに見ていたら、なぜか彼の方から近くに来るようになった。

 性格が違いすぎて、逆にうまく行ったのかもしれない。高校で部活に入っていなかった同士、一緒にいる時間が長かった。

 だから、わかる。

 ——伊藤は、そんな顔をしない。


「ごめん」


 口から勝手に出たそれに、男は薄く微笑んだ。


「色々思い返してみたけど、俺の知ってる伊藤はふざけることはできても演技力が無かった。鳥になろう、なんて思いつきもしないだろうしな」

「ひどい言いようですね」

「それに最近連絡なかったから怒ってたんだ俺は」

「連絡しなかったのは、生活が崩壊していたからだと思います」

「崩壊……」

「最近は僕にあたるようになっていました。昨日は何かに対してとても怒っていたようで、首に手を伸ばしてきたんです」


 男は自分の首に手を回した。

 中いるのが鳥なら、最期に見たのは自分に手を伸ばす飼い主ということになる。それはなんて嫌な光景だろう。


「悪かったな」

「どうしてあなたが謝るんですか」

「いや、なんか……胸糞悪くて」


 髪をぐしゃぐしゃと掻いた。このモヤモヤはどうしたら解消されるのか。


「とりあえず、座るか」


 声をかけると男は笑った。


「そうですね、とりあえず」


 そしてソファに腰を下ろして、知っている表情を浮かべて、再度言った。


「鳥だけにな。トリあえず、向日葵の種でも食う?」

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カゴノナカ 眞柴りつ夏 @ritsuka1151

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