カゴノナカ

眞柴りつ夏

1

「あの時助けてもらった鳥です」


 目の前の男が言った。


「その節はお世話になりま」

「いや待て待て」

「はい?」

「何、言ってんの?」


 相手は目を逸らさず、じっと見つめてくる。


「何、とは」

「何とは、じゃねぇよ。は?伊藤だろ?」


 そう、今喋っているのは、久しぶりに会った親友の伊藤だ。高校時代から変わらない、柔らかそうな髪と神経質そうな切れ長の目をしている。

 その伊藤に呼び出され、来てみたら唐突に「鳥です」と言われた。

 意味がわからない。


「いとう、ですね、身体は」


 伊藤は困惑したように自分の顔を、そして身体を撫でた。


「……俺はこういうおふざけが大嫌いだ」


 思ったよりイラついていたらしく低い声が出た。伊藤ははっとした顔でこちらを見て、すぐに目を逸らした。


「どうしたら信じてもらえますかね」

「っ……だから!そのふざけた喋り方、やめろ!」


 机をバンと片手で叩くと、伊藤の肩が跳ね上がった。完全に怯えた目をしている。伊藤らしさは、どこにもなかった。

 何か言おうとして口を開けたが、何を言ったらいいのか分からなくて開けたまま伊藤を見つめた。

 ——もしかしたら、精神的な何か、かもしれない。

 思い詰めた伊藤は自分の中に、飼っている鳥の人格を作り上げたのかもしれない。

 となったら、まずは話を聞いてみるのがいいか。

 自分が先に落ち着こうと、大きく深呼吸をした。


「すまん。怒鳴ったりして」

「……」


 伊藤は俯いていた。


「鳥、だったとして」

「鳥です!」


 勢いよく顔がこちらを向いた。


「どうして伊藤ん中に入った。鳥の定位置は、」


 ええっとと部屋を見回し、所定の場所を見つけた。


「そこだろ?」


 ベッドの脇、大きめの鳥籠があった。ここから見る限り、空っぽだ。


「しめられたんです」

「しめ?なんだって?」

「しめられました、首を」


 音が消えた。

 時計の音も、窓の外から微かに聞こえる車の音も。全て、意識から消えた。 


「絞められた」

「はい」

「誰に」

「この部屋に住んでいた、人間に」

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