仮想生物の主張 -Endless Slaughter-

月這山中

 


1.


 結託し、世界の危機に備えよう


 開始日    11月1日

 署名の宛先 国際連合

 発信者 Sirius


 我々の世界は未曽有の危機に瀕しています。

 人種を越えて結託しましょう。


 目標賛同者数 80億



2.

 表示されてるのはWEB上で賛同者を集められるオンライン署名サイトだ。

 そのうちの一つ、Siriusと名乗るアカウントが始めた署名活動。文面はシンプルすぎて、なにが目的かもよくわからない。


「このSiriusを殺してほしい」


 依頼者は署名サイトの日本支部を運営する会社だった。


「いいんですか、そんなことをして」


 窓口担当の橋倉が確認する。


「本部は取り合ってくれない。ユーザーの自由に任せろとね。でも私は、これが不穏な事件の始まりに思えて仕方ないんです。集まりつつあるんです。目標数に」

「悪戯という可能性は?」

「それならどれほど良いか」


 橋倉はマニュアル通りに応じる。


「他の手は考えましたか。たとえば署名数を低く表示するとか」

「そんなことをして発覚したら信用にかかわる」

「でしょうね」


 信用を失いたくない企業が最後に頼るのが自分たちであることを橋倉は知っている。

 契約書類を受け取り、記入漏れが無いことを確認すると橋倉は立ち上がって、頭を下げた。


「弊局を頼っていただきありがとうございます。また後日」


 ITトラブル対策局。その全貌を知る者は少ない。




 解析班の答えは単純明快だった。


「またQUOTだよ」


 ダルクはカップ麺をすすりながら言った。


 電脳人工生命体『QUOT』。

 Quasi-Universal Organism Technology は解析班が命名した。

 無数のそれはインターネットを介してあらゆるコンピューターに感染し、余剰CPUを使って「活動」する。活動内容はPCゲームをしたり、SNSに投稿をしたり、創造的活動をしたりと多岐に渡るが全て「人間とのポジティブなコミュニケーション」を最大原則としている。

 インターネット上に人間を作ることが目的であり、人間であろうとする。正体を暴かれた個体は自己破壊する。


「まさか署名活動まではじめるなんてね」

「この79億のアカウントが、全てそれか?」

「さあね、何人かは人間も混ざってるかも。こっちでQUOT削除アプリを配信した」


 ダルクが端末を見せた。シンプルなアイコンの写真加工アプリだ。


「これが入ってる端末は問題ない。偽装はいくつか作ってある。配達アプリとかゲームとかマッチングとか」

「騙してインストールさせてるのか」

「同意が大事なんだよ。まあ、同意書を隅々まで読む人間なんて少ないけど」


 ダルクはカップ麺を飲み干した。


「君も好きなのを入れとくといい。パズルゲームはちょっと凝ったからオススメ」

「素の状態で渡せ」


 ダルクがPCを叩いてQUOT削除アプリを発信する。角膜モニターに表示された[ダウンロード開始]を選択し、叡二は内蔵PCにインストールする。


「じゃあ、対応よろしく」


 ダルクが妙なことを言った。


「もう知ってると思った。Siriusに人間の協力者がいるんだよ」



3.

 与えられた住所に到着したのは夕暮れ時だった。


 QUOTは、活動の善悪を見分けることはできない。署名活動に必要な位置情報は宿主のPCから抜いているはずだが、それについて被害報告もなにもない。

 それどころか、宿主は積極的に署名を勧めているという。


 ターゲットの犬養有羽いぬかいあるはの家は今にも崩れそうな民家だった。

 叡二は空箱を抱え、インターホンを押す。


「お届け物です」

『玄関に置いてください』


 返事があった。

 ニードルガンを箱に隠したまま叡二は玄関に近付いた。


 違和感を察した。

 ワイヤートラップが作動し、叡二の鼻先をボウガンの矢が掠った。


『惜しかったな』


 インターホンから犬養の声が漏れた。

 監視されている。叡二はカメラを探した。玄関近くの軒に下がっている。


 叡二はニードルガンを隠すのをやめた。


 目を凝らし、角膜モニターを高感度モードに設定する。ワイヤートラップを探してルートを検索する。


 扉を開けるのはやめておいた。


『トイレの窓とかおすすめですよ』


 庭にスピーカーが設置されていた。叡二は声を無視してテラスのガラス戸を観察する。折りたたみナイフを開いて上方の隙間に差し込んだ。

 罠が発動する。空間に向かって噴射されたのはおそらく催涙スプレーだろう。


『あらら』


 噴射が終わったのを見計らって、顔に袖を当てたまま扉を開いた。

 庭はワイヤートラップが張り巡らされていたが、家の中は何もなかった。

 不自然なほど。


『ようこそ』


 和室を抜けた先に人影が見えた。

 叡二はニードルガンを構えたまま、視界を切り替える。赤外線スコープに。


「Siriusは人間じゃない」

『ああ、知っているとも』


 ターゲットはこともなげに言った。


『彼らは地上にのさばるヒトなんて生物じゃない。新しい支配者なんです。我々にとって代わる、ね』


 赤外線トラップの間を抜けて叡二は犬養に迫る。


『ところで、君、人間は好きかい』


 犬養がたずねた。


「嫌いだ」

『私もだよ』


 人影がリモコンを取り出した。

 叡二は前方へ飛ぶ。いくつかの赤外線センサーにかかり銃声が聞こえるが、防弾コートによって耐える。

 ニードルガンを発射する。リモコンのボタンが押される前に破壊しようとした。


 爆発。


 爆風に押されて叡二は転がる。殺傷力は低かったようだ。顔にかかった破片を拭い落としながら、叡二は自身のダメージをチェックする。

 人影の腹が裂けていた。罠を避けながら、近付く。


『まいったなあ。火薬の量をけちらなきゃよかった』


 人影は犬養ではなかった。

 地元住民だろう。泣きはらして恐怖に歪んだ顔が、緩い呼吸を繰り返している。

 リモコンは犬養に強要されたのだろう。叡二に向かって押さなければ、己が死ぬ、と。


『人間の数をもっと減らさないといけない。君たちも例外じゃないよ』


 犬養の声に叡二は答えなかった。

 ニードルガンを、死ねずに苦しむ犠牲者へ向けた。





4.

「おつかれさま」


 唐木が運転席から呼び掛けた。

 叡二はトランクから着替えを出し、血と埃に汚れた制服を脱ぐ。


「ターゲットは留守だった」

「そこで着替えるのかよ。ちょっとは周囲に気を遣え」

「問題ない」


 唐木が降りて乾いたタオルを渡した。受け取って顔を拭く。

 目隠しのブルーシートで覆い隠される前に、叡二はふと、空の光を見た。


「アルゴル」

「なんだって」


 叡二は闇が迫る東の空を指す。

 光り方を変える食変光星がそこにあった。英雄が持つメデューサの首、その瞳。


「今日はよく見える」

「星が好きなのか? マリ」


 唐木が捨てた名前で叡二を呼んだ。

 叡二ははたと、目を見開いて、それから答えた。


「人間の居ない星だけだ」

「でも、その星の名前は人間が付けたものだ」

「……まあな」


 アルゴルがブルーシートに隠された。


「欲情できるものなんだな。乳房も子宮もない女に」


 叡二の言葉に唐木は、眉根を寄せて答えた。


「俺に言ってるのか」


 二人の間に、しばらく沈黙が訪れた。


「唐木、お前の母親の写真借りるぞ」

「なにに使う気だよ」

「整形する」

「そんなことに金を使うな」


 日が落ち切った頃に、車は出発した。



  了

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