第32話 郵政民営化

Aを信じないで何を信じるのだ。もっと今のAを信じてみよう。信じてみようではないか。

 君もそうは思わないか。」


 そうなのでしょうか、総理。今のAをそこまで信頼していいのでしょうか。私は総理ほどに今のAを信じる事ができません。

 どうしてもAを信じられない自分がいるのです。


「私にはできる。支持率もある。国民からの信頼も得ている。

 だったら、その点に気づいているのかどうか試してみようじゃないか。リスク回避できるかどうかはAにかかっている。A次第だ。Aならばうまくやってくれる。

 私はそう信じている」


 Aを信じてですか、総理。


「そうだ。Aを信じてだ。これは私の支持率を試すのではなくAが真実に気づいているかどうかの選挙だ。今の支持率なら私の勝利は明らかだろう。

 だが、本当の論点はその先にある。その本当の論点にAは気づいているかどうかだ」


 支持率を得ていらっしゃるのに。あえてそこまで行う必要はないのではないかと私は思うのですが、総理。

 本当の論点はその先にある事にAは気づく事ができるのでしょうか。


「気づいてなかったとしたら。困りものだな。少なくとも郵政民営化のリスクには気づいていただきたいものだ」


 困りものどころの話では済まされません、総理。今のままでは、ほぼ確実に郵政民営化です。

 今ならまだ間に合います。お考え直しください、総理。


「国民を試すためだ。

 そして、Aの将来に対する保険だ。Zは健康保険の民営化を望んでいるのだ。健康保険の民営化こそあってはならない事態なのだ。

 健康保険の民営化。これだけは断固阻止したい」


 総理、そのお気持ち私もよく分かります。健康保険。これだけはなんとしてでも守りたいものです。健康保険の民営化こそあってはなりません。


「民営化は失敗に終わる。君の言うように目に見えて明らかだ。だとしたら、ここで保険をかけずどこで保険をかけるのだ。今、保険をかけず、いつ保険をかけるのだ」


 今ですか、総理。


 「今だ。今しかない。こんな機会は今しかないのだ。これもAを守るためなのだAを守るためには郵政を手放すしかない。手放すしかないのだ」


 確かにそうですが、総理。


「これは将来に対する保険だ。健康保険民営化防止のための将来に対する保険なのだ。民営化はうまくいかない。それを郵政でもって実感してもらうためのいい機会だ。

 郵政民営化だ」


 総理、そのお気持ち、私もよく分かります。しかし、総理。よくお考えください、総理。今ならまだ間に合います。

 総理、無謀です。無謀なのです。


「健康保険。これを民営化するのは決してあってはならない事だ」


 はい、総理。確かに。


「しかし、Zは健康保険の民営化を望んでいる。Zの要望に答えなくては、何が起こるか分からない。何か起こってからでは遅いのだ」


 ですが、総理。


「そうなる前に何か策を講じなくてはならない。君はそうは思わないか。

 そのための郵政民営化だ。そのための郵政民営化なのだ」


 総理、確かにZの要望に答えなければ何が起こるか分かりません。その点を考えると私には判断がつきません。

 しかし、郵政民営化と健康保険は別問題ではないでしょうか、総理。私にはそれが無謀にみえて仕方ないのです。


「無謀か。確かに。無謀なのかもしれない。

 しかしチャンスがあるとしたら、今だ。今しかない。将来に対する保険をかけるには今しかないのだ。

 無謀なのかもしれないが将来に対する希望でもあるのだよ。それが郵政民営化だ」


 総理、そのお気持ち痛いほど分かります。健康保険、これは決して手放してはいけない。民営化などさせてはなりません。

 しかし、総理。チャンスが今だとしても、あえて郵政を民営化させる必要はあるのでしょうか。私にはその必要はないかと存じます。


「いや、保険をかけるのは今だ。今しかない。気づかせるためにも郵政民営化が一番よい方法だ。この方法で問題ない。

 すべてはうまく行く」


 ですが、総理。今しかないのは分かりますが、あえて郵政を民営化させるにはリスクが大きすぎると思うのですが。


「大丈夫だ。問題ない」


 総理、私たちの船がタイタニック号だとしたら、リスク回避こそがすべてでございます。郵政を民営化させては、さらなるリスクを負う事になると思うのですが。

 総理、他に方法はないのでしょうか。民営化以外に他の方法はないのでしょうか。


「他に方法。この方法しかない。これが最善の方法なのだ。今の私にとって最善の方法がこれなのだ。

 郵政民営化だ」


 しかし、総理。


「リスク回避できるかどうか、これもAを試すいい機会だ。そして、Zもそれを望んでいるのだ。Zもそれを望んでいるとしたら、逆に郵政民営化を実行させみせようじゃないか。そしてAを目覚めさせるよう。

 郵政を民営化させ健康保険を守る。すべてはうまく行く。すべてはAのために」


 そんな無謀な。確かに今の総理でしたら支持理宇もあります。成功する可能性も大です。郵政民営化もあり得ます。どころか、ほぼ確実です。ほぼ確実なのでございます。

 今なら確実に郵政民営化です。今の総理のお力でしたら郵政民営化はほぼ確実なのでございます。


「そうだろう。私にはできる」


 しかし、本当にそれでいいのでしょうか。本当にそれでいいのですか、総理。あまりにもリスクが伴うと思われます。

 健康保険を守りたい総理のお気持ちもよく分かります。分かるのですが、総理。


「そうだろう。君もそう思うだろう。健康保険は死守だ。

 だったら実行しよう。郵政民営化だ」


 しかし、総理。恐れながら、総理。私は郵政民営化には賛成できかねます。反対と言っても過言ではございません。

 総理。計画を中止するなら今です。今しかございません。


「そうか。しかし、私はもうやると決めた。リスクが伴う。だからこそ面白いじゃないか。将来のためになる。

 Aは身をもって知るのだ。民営化にはリスクがつきものだと」


 ですが、総理。現時点での話ですが健康保険の民営化はZが勝手に考えているだけで、今のところ現実化するわけではございません。

 あえて今、健康保険の事を考えなくともよろしいのではないかと思われます。


「君に反対されようが私はやる。私は、これがのちのAのための保険になると信じている。健康保険を民営化させないための保険だ。

 タイタニック号は沈まない」


 ですが、総理。


「タイタニック号は沈まないのだ。そう信じて出港した。違うか」


 そうでございます、総理。


「誰も沈むなどと思って出港したわけではない」


 総理。タイタニック号であろうと沈ませません。


「だが、本当のタイタニック号だとしたら、タイタニック号は沈んでしまう。本物のタイタニック号は沈むのだ。

 それもまた運命だ」


 そんな。総理、もはやAはタイタニック号です。タイタニック号以外の何者でもございません。


「だろうな」


 総理、もっと現実を見てください。Aは本当にタイタニック号なのです。タイタニック号なのです、総理。


「逆に健康保険だけは死守だ。死守」


 ですが、総理。


「そのために、あえて郵政を民営化させてみようじゃないか。そうしたらAも目覚めるだろう」


 しかし、総理。


「そして、Zの望みも叶うのだ。一挙両得だろう」


 しかし、総理。しかしですが、総理。


「『しかし』も『ですが』も聞き飽きた」


 まことに申し上げにくいのですが、総理。Aにはそんな総理のお気持ちを察する事ができないのではないかと私は思うのです。


「だろうな。今のAはそうだろう。だが、将来のAは察するのだ。これが最善の策だったと。あの日あの時の選択は正しかったと」


 いくら健康保険を死守するためとはいえ無謀です、総理。総理、無謀なのです。無謀以外の何者でもございません。

 考え直すのでしたら今です、総理。


「考え直す事など何もない。無謀だからこそ面白いのだ。無謀だからこそ挑戦する事に意義がある。任せておけ。任せたまえ」


 総理。


「君が心配する必要はない。すべてはうまくいく。計画通りだ」


 いえ、総理。ちょっと待ってください、総理。


「すべてはうまくいく」


 しかし、総理。総理の支持率が高すぎます。このままだと本当に郵政民営化です。その点をお考えください、総理。


「分かっている。郵政民営化だ」


 総理。それで構わないのですか。私にはそれが裏目に出るか、逆にあだとなって返ってくるか分からないのですが、総理。


「それも承知の上だ」


 総理。リスク回避と危機管理は重要ではないのでしょうか、総理。


「何を言っているのだ、君は。これが将来に対する危機管理とリスク回避だ。将来、吉となって返ってくる。我が政策は将来必ず吉となって返ってくる」


 しかし、総理。


「私はそう信じている」


 総理。


「大丈夫だ」


 総理。


「大丈夫だと言っている。心配ない。気にするな。私に任せておけ。どーんと構えておけばいいのだよ。

 大船に乗ったつもりで構えておけ」


 総理。ちょっと待ってください、総理。それは大船ではなく泥船です。


「泥船。泥船とは失礼な」


 総理。Aは、そんな総理のお気持ちに気づいてくださっているのでしょうか。健康保険を死守したいがために郵政民営化を行うと。そこまで気づいているのでしょうか。私にはそこまで気づけないと思われます。


「私は信じているのだ。Aは郵政民営化をすると失敗するのだと身をもって知り気づくとね。そして、健康保険の民営化には反対すると」


 総理。そんな。そんな打撃を与えてもいいのですか。総理、後々後悔するのは目に見えて明らかです。本当にそんな気づかせ方でよいのでしょうか。お考え直しください、総理。


「もう後には引かない。前進あるのみだ」


 総理、諸刃の剣です。私にはそうとしか思えません。


「何を言っているのだ、君は。心配性だな。どーんと構えておけばいいのだよ。任せておけと言っている」


 ですが、総理。


「問題はない。任せておけ。タイタニック号だろうが泥船だろうがのちのAのためを思ってやっているのだ。

 タイタニック号は沈まない。沈まないのだ」


 総理、本気ですか。総理、待ってください。総理。


「大丈夫だ。問題ない。

 さぁ、選挙の準備だ。選挙の準備を開始する。あとは君に任せた」


 総理。しかし、総理。


「よろしく頼む。

 さぁ、楽しくなってきたではないか」


 そんな、総理。待ってください、総理。


「何か文句でも」


 いえ。総理。ございません。


「よし。実行だ」


 かしこまりました、総理。本当にそれでよろしいのですね。


「あぁ、構わない」


 総理、心苦しいですが準備と手はずを整えさせていただきます。


「あぁ、あとは任せた。よろしく頼む」


 かしこまりました、総理。


「何も問題はない。さぁ、やってやろう。郵政民営化だ」


 かしこまりました、総理。心苦しいですが、あとは総理のご意向に沿えるよう全力を尽くします。


「よろしく頼む。

 さぁ、面白くなってきた。」


 では、総理。計画を実行に移させていただきます。

 総理。本当にそれでよろしいのでしょうか、総理。


「構わぬ。計画を実行に移す。

 さぁ、ゲームの始まりだ」


 かしこまりました、総理。ご武運を


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る