第16話 平成元年

 皆、出血死として最後を迎えるのです。輸血が原因で出血が止まらないなど思い及びもしないのです。それが今のAです。

 医療ミスでお亡くなりになっているなど考えすらしません。もし、ごく一部の医療関係者が知っていたとしても原因が医療ミスであるなど誰も報告すら行わないでしょう。自ら自分の否を認める者などあり得ないかと思います。


「そうか。輸血性ショック。なんとお労しい最後なんだ。まさか、こんな形で陛下の最後を看取らねばならぬとは。

 なんという世の中なのだ」


 総理。私はなんと申し上げればよいのか。


「Aも染まったな。Zの知識に。

 まさかこんな事態になるなど誰も予想すらしなかった。これからのAはどうなるのだ。どうなってしまうのか。」


 はい、総理。Zの誤った知識に染まっております。私もまさかこのような事態になるなど思い及びもしませんでした。

 私の不行き届きでもございます。


「まさかこんな事態が。不注意にもほどがある。

 しかし、誰の責任でもない。ただ起こってしまったのだ。輸血性ショックが。

 皆、その時その時の最善を尽くしたのだ。

 しかし、ただその知識が。ただその知識が誤った知識だとも知らずに行ってしまったのだ。輸血を。

 君が責任を感じなくともよい。仕方のない事態だったのだ」


 しかし、お言葉ですが、総理。私たちは知っていたのです、輸血の危険性を。

 輸血はごく一般的に行われております。輸血で助かっているのであろう方々もたくさんいらっしゃるのもまた事実でございます。

 総理。

 私たちの判断は正しかったのでしょうか。あの時、侍医に伝えていたとしたら、もっと別の未来があったのではないでしょうか。


「伝えていても、いばらの道だっただろう。陛下が寝たきりになるわけにはいかなかった。幸か不運か。不運としか言いようがない。不運としか言いようがないが悔やまれるな」


 はい、総理。まさか輸血性ショックを起こす可能性など誰も想定してすらいなかった事態でございます。

 しかし、危険性を知っていました。悔やんでも悔やみきれません。


「輸血の話は、確か聖書にもあったな。もし、知識人がいたとしたら。もし聖書に精通している者がいたとしたら。輸血の危険性が分かったかもしれない。

 今となっては後の祭りだ」


 はい、総理。聖書の話をよくご存じで。表現が日本語訳ではあいまいですが、確かにございます。


「確か君からの報告だったと思うのだが。違ったか」


 そうでしたか、総理。報告事例が多すぎて私としたことが。申し訳ございません、総理。


「いや、謝るほどではない。確かAには今でも旧約聖書のカレンダーと新約聖書のカレンダーが存在している」


 はい、総理。月曜日始まりと日曜日始まりがございます。旧約聖書では始まりが月曜日。新約聖書では始まりが日曜日でございます、総理。

 見えている。見せられているはずなのですが、誰も気づく者などいないでしょう。


「見えているにも関わらず目に入らない。見せられているにも関わらずその事実に気づかない。Aは結びつけることが苦手なのか。Aには仕掛けが多い。結びつけて考えねば見えているはずのものまでも事実には気づけない。

 Aにはそういうところがあると私は思う」


 はい、総理。目に見えている、見せられているにも関わらず、誰も気づいておりません。Aはそういうところがございます、総理。そういう傾向が強いのでしょう。


「輸血も同じか。見えているようで見えていない。事実とは残酷だ」


 はい、総理。陛下が輸血性ショックの症状と同じ症状など誰も気がつきもしないでしょう。輸血に関しては聖書にも書かれております。「血をさけよ」と。すなわち輸血性ショックのこともおそらく聖書が書かれた時代には知られていたことかと存じます。

 しかし、それを知る者は聖書を読んでいる者、キリスト教系の信者か、世界の闇に気づいている者くらいでしょう。Aは仏教を信仰している者が多いため聖書を学んでいる者は少数派かと思われます。

 そのため「血をさけよ」を知る者は少なく、例え信者であれ今のAに「血をさけよ」で輸血を拒む者はいるのでしょうか。宗教上の理由で輸血を拒んだとしても医者によって他に方法がないと言われれば輸血をするという選択をするのではないでしょうか。

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