第17話 平成元年

「輸血に代わるものか。確か生理食塩水だったな。輸血をしなくとも生理食塩水で十分助かると思われるのだが。

 その事実を知る者が一般人にいるとは思えない。輸血が必要ないのなら献血も無駄になる。医療の点数を稼ぐこともできなくなる。

 輸血の闇は深いな」


 はい、総理。一般の者にそのような事実を知る者は、ほぼ皆無と言っても過言ではないでしょう。生理食塩水で助かってしまっては、今の常識が覆されてしまいます。

 献血に貢献している者たちが、まさか相手の命を奪う危険性があるなど知ってしまったとしたら。社会貢献に見せかけた罪を背負ってしまうことになります。知らず知らずのうちに罪を犯している。それも人を助けたいという善意ある行為が実は罪深き行為だと知れ渡ったりしては大混乱です。

 今のAには知られざる事実が多すぎます、総理。


「確かに、私も総理になって気づいたのだがAは染まりやすいな。Zの誤った文化をどんどん吸収してゆく。まるで押し流してくる水の流れに押し流されるように、どんどん押し流されてゆく。

 どんどんZの思う方向に進んでゆく。そして、そのことに気づいてないと思われざるを得ない。A独自の文化のよさはどこへいったのだ。気づかないうちに染まってゆく。自分たちが染まっているのだということも知らずに。

 なんとか食い止めたいのだが。これではZの思うつぼだ。」


 しかし、総理。Zの要望は受け入れざるを得ません。でないと、私たちの身にも危険が及びます、総理。歯向かうなどもってのほかです。それでも総理、私たちはZに忠実に従わなければなりません。

 それがAという国です。


「Aはこれからどうすればよいのだ。Aは徐々に徐々にむしばまれるようにZ化してゆく。Aの良いところは異国の文化を混ぜ合わせながらAの特徴を生かしつつ独自の文化を作り上げてゆく。そこが良い点だったのだが。

 Zの浸透力が激しすぎやしないか」


 はい、総理。私もそう思います。


「混ぜた上に混ざって見えているにも関わらず本物を見抜く力を失いつつあるように私は感じる。見せながらも隠されている。見せながらも隠していると私は感じるのだが。君はどう思う」


 はい、総理。混ぜた上に見抜く。混ざっているからこそ分かる事実。見せながらも隠し、隠された事実に気がつく。それがAの良さだったのですが今のAにはもう。

 見抜く力を失いつつあります。

 昔のAなら見抜ける者は見抜いていた。そして、見抜ける者もたくさんいたのではないかと私は感じます。

 今のAにはもう。Zの思考と考えが浸透し過ぎていっているように私も感じます。


「やはり見失っているか。知識不足とZによる誤った知識の混入か。Aの良さはどこへいったのだ。新しい文化を取り入れるにしてもAの良さは残さないといけない。取り入れて混ぜつつ残す。それがAの良さだろう。

 そもそも教育からして間違っているのではないかと私は思わざるを得ない。Zの浸透力が半端ないな。Aがここまで落ちてしまったか」


 はい、総理。そして、まだまだ落ちてゆくのです。もはや誰も止められはしないでしょう。Zによる支配力がAを秘かに脅かしているのです。考え方がかなりのZ化してきている上にZの誤った知識の混入が激しすぎます。


「そうか。そのためか。どうなってゆくのだAは。陛下のご容態も見抜くことができないのか。輸血性ショックも、おそらく見抜くことができないというのか」


 はい、総理。見抜けないかと存じます。もはや誰も見抜くことができないでしょう。

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