取るものも取り敢えず

阿々 亜

取るものも取り敢えず

 とえりあえず:

 1.急いで、間に合わせの処置として。まずさしあたって。一応。

 2.差し迫った情況で、普通ならするはずのその事もできず。

 Oxford Languagesより


 神崎美里かんざき みさとは黒板にそう板書した。

 教卓の上には少し変わった鳥らしき形のぬいぐるみが置かれている。

 席に座る生徒たちは皆静かに黒板を注視し、美里の話に耳を傾けている。


「私たちが普段何気なく使っている『とりあえず』という言葉にはこのように微妙に異なるニュアンスが含まれています。みなさんは多くの場合、『さしあたって』という意味で使うことが多いのではないのかと思います。ですが、どちらかというと『急いで』というニュアンスの方が元々の意味なんです」


 美里ははさらに黒板に板書を書き加える。


 取るものも取り敢えず:

 持ってくるべき物も持ってくることができないほど急いで


「これが『とりあえず』の語源です。持ってくるべき物も持ってくることができない。つまりそれほど急いでいるということなのです」


 美里はそこでチョークを置いた。


「少し、話を変えましょう。私が今日持ってきたこの鳥のぬいぐるみなんですけど……」


 美里は教卓の上に置かれた鳥のぬいぐるみをぽんぽんとたたいた。


「この鳥はカクヨムという小説投稿サイトのマスコットキャラで、その名も『トリ』です。そのまんまでしょ」


 そう言って美里はクスクスと笑う。


「数年前、イベントのキャンペーンで当選してもらったんですけど、すっかり気に入ってしまって、毎晩このトリを抱いて寝てるんです」


 そこで生徒の一人が手をあげて質問する。


「先生。つまり先生は今朝、大寝坊をかまして、持って来るべき物を持ってこれないほど慌てていて、手に抱いていたトリをそのまま持って学校に来て、とりあえず教壇に立っていると……こういうことですか?」


 教壇の上でパジャマ姿で立っている美里はにっこりとほほ笑む。


「トリあえず、そういうことです」




 取るものも取り敢えず 完

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