第2話


「ところで鶴さんよぉ、恩返しっていってもよぉ、具体的には何をするんだ?鶴鍋でもご馳走するのか?」

と鶏がずけずけと質問する。

鶴鍋ってなんだ。自分を食ってもらう気か?どこぞの兎じゃあるまいし。

例えとしてもデリカシーが無さ過ぎる。

「そんなんじゃありませんわ。それじゃあ一度の食事しか返せませんじゃありませんお。私の恩返しはもっと長期的に。

そう、自分の羽を使って毎日機を織るんですの

それを売ってもらって少しでも生活の足しにしていただく予定ですわ」

「機っておめぇ、第一そんなんどこで織るんだよ?家もねぇのに」

「それは……その……部屋を一つ借りますわ……」

「誰に?」

「……お爺さまに」

声がしりすぼみになっていく。

どうやらあまり考えていなかったらしい。恩を返しに行く人間に部屋を借りてまた恩を貰ってどうするんだと心の中で思ったが、黙っていた。

「いきなり鶴が現れて『部屋を貸してくださいまし~』と言っても向こうは怖がるだけだろ」

「じゃあ女に化ければいいんですわ!!」

「人になっちゃ羽も無くなるんだから機織りもクソもねぇだろ!!」

「じゃあ機織ってる間は私の姿を見ないよう頼みますわ!!」

鶴と鶏がやいのやいのと騒ぎ喧嘩をする。

正直うるさいので黙ってほしかったが、雀が何とも言わないので我慢した。


雀の案内に従って目的の家に着いた時には、もう既に日が傾きかけていたところであった。

外見は藁ぶきの一軒家。一人暮らしなのだろうか、そこまで大きい家ではない。

「なあこれもしかしたらワンルームなんじゃねぇか。本格的にお前どうするんだよ」

鶴の方を目をやると、「ハア……ハア……」と目を泳がせている。万事休すといった様子だ。このままでは仮にその爺さんと出会っても何もできずに終わってしまう。一度引き返した方がいいのではと思ったが、しかしここまで来て引き返すというのも癪である。わざわざ関係ない事柄に巻き込まれて、挙句何の成果も得られませんでした、は納得が出来ない。

「何か他にないのか?金銀財宝とかそういうやつとか」

「私は北からここまで旅して来たんですよ?そんな財産、ここに来るまでに使ってしまいましたわ」

もともとそこまでたくさん持っていたわけではありませんし、とも付け加えてくる。

これは一度訪ねる前に作戦会議をした方がよさそうだなと、思い始めていたところで、雀が先ほどから何も喋っていないこと気が付く。

「どうしたんです雀さん。何か気に障るようなことでもありました?それとも体調が悪いとか?」

「いや……ただ少し、変……といいますか……」

「何がです?あっ!間取りとかです?でも一人暮らしの部屋としてはそこまで編というわけでも……」

「いや、それではなくてだな……。ほら、戸が開いているだろう?なのに静かすぎるというか」

確かに、遠目から見ると戸が完全に締まり切っておらず、鍵が開いている、といった様子だ。

「でも殿方の一人暮らしなのでしょう。ということはそこまで音が出る生活をするわけでもないでしょうし。むしろ静かである方が自然なのではないでしょうか」

と鶴。確かにそうである。雀の心配しすぎだろう。

ただ……何だこの胸騒ぎは……?

何か非常にマズいことが起きている気がする。

引き返すなら今である。




「いるな……」

「おりますな……」

「なんでいるんですか……」

気が付いたら戸の隙間から、部屋の様子を窺っていた。金品を探しているのかおよそ30~40代の男がいそいそと部屋を物色している様子である。部屋の端の方ではは70代ほどの男が横たわっている。白髪が鮮血で汚れているところから、単なる昼寝というわけではないということは一目察せられる。

「なあ、あれは何だと思う?」

「まあ、十中八九強盗の類だろうなぁ」

鶏と雀がひそひそと話す。

鶴は声を出すのを抑えるので必死といった様子である。あの光景を目にした際に大声を出さなかったのは救いである。気が付かれたら何をされるか分かったものではない。

「で?どうする?」

「どうするとは?」

「あの泥棒をどうするかだよ。俺たちの手で撃退するのかどうかって話だ」

何を言ってるんだこいつは。周囲の人間に知らせるか何かをして助けてもらうのが正解だろうに。

「でもあの爺さん、まだ中にいるぜ?まだ息はありそうだが、このままほっといたら死んじまうかも。それに人を呼んだらあの爺さん人質にして立てこもっちまう可能性もある。そうならないよう火急速やかに処理する必要があるって話だ」

あれは生きているのか。よく目を凝らしてみると確かに、呼吸をしている様子が見えなくもない。

「でっ、でも……撃退ってどうやって?」

鶴がワタワタと聞いてくる。白い羽毛がより一層白くなっているような気が、心なしかする。

「俺に考えがある。付いてこい」

そういうと鶏は家の周りを音を立てぬようぐるりと回り始めた。私を含む三羽もそれに続く。

家の裏には西に向けられた窓があった。藁ぶきの屋根なのに窓とはこれ如何に、と内心では思ったが声には出さなかった。首をめいっい延ばせば中の様子を見ることが出来るかもしれない。中ではガサゴソと、男が家を捜索している音が漏れ聞こえてくる。

「鶴さんや。そしたらこの窓の下で少しか屈んでくれないか?」

「私……ですか?」

疑問を持ちながらも鶴は鶏の言われたとおりに足をたたむ。

「で、その上に雉、お前が乗れ」

この段階でこいつがやろうとしていることは薄々分かりかけていた。恐らく雀も気が付いているだろう。ピンと来ていないのは鶴だけの様子だ。

「さすがにこれは無理があるだろう。これで追い返せたのは昔の話だ。過去の成功に執着してる奴ほど失敗する。これはその典型例だ。考え直せ」

「じゃあ主会え他に案がるのか?ないだろ?時間がないんだ。これで追い返すほかない」

「ちょっと?なんの話をしているんですの?今この間にもお爺さまが刻一刻と死に近づいているんですのよ。なんでもいいから早くどうにかしてください」

鶴が屈んだ姿勢のまま抗議をする。

言い争っても仕方がない。私は取り敢えず鶏の指示に従った。

「そしてその上に俺、最後は雀だ。ほら、じゃーん!現代版ブレーメンだ」

令和の時代にブレーメンの再結成なんて信じられないぜとほざく。緊急事態であるので真面目にしてほしい。

「じゃあ鶴。俺の合図で立ち上がってくれ。そして立ち上がったと同時に一斉に鳴くんだ。部屋の中からは西日で影しか映らない。一見すると化け物に見えるさ。そしたら泥棒もビビって逃げるだろうよ」

丁寧な説明は失敗のフラグと知っているのかどうか。

だがもうここまで来たのなら失敗するのが分かっていようが引き返せない。それに案外、お約束を破り成功する可能性だってある。よし!なんかできる気がしてきた。そう思わないとやっていられない。

「じゃあ行くぞ。3……2……1……Go!!」

鶴が立ち上がるのに合わせて私はできる限りの鳴き声を上げた。複数の鳴き声が絡まる。その音は不協和音を奏で、不気味な雰囲気を醸し出し……そして……


渇いた破裂音。

ガラスの割れる音。

胸が瞬間的に熱くなる。


銃で撃たれたのだ、分かるのに数秒必要であった。

そうか、俺は撃たれたのか。

クソッ!!失敗するのは薄々予想していたがまさか泥棒が銃を所持しているとは思ってもみなかった。

そうか、マズい。命がこぼれ出ていく感覚がする。

鶏が何かを叫んでいるような気がするが、耳はもう音を拾うのを諦めかけている。耳なり。

視界の端で何か大きなつづらが見えた気がした。

つづら。

ああ、雀の大きい葛籠パンドラが開いたのか。

なればもう、ここら一帯は魑魅魍魎の類によりしばらくは蹂躙し続けられるだろう。

最初からその方法でいけば、俺も撃たれずに済んだのに……。

雉も鳴かずば撃たれまいとはよく言ったものである。


声が遠のく

闇が侵食する。

意識を手放す。

落ちる。落ちる落ちる落ちる。

そして……。


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