鳥鳥鳥鳥
宴
第1話
「ですからね。白髪で、歳を取ってて、優しそうな風貌でしてね、私が罠にかかっていたのを助けてくれた人がですね、この辺に住んでないかと聞いているんですわ」
知らんがな、という言葉を飲み込む。
白く美しい両翼を、汚れそうになるにも気を留めずバサバサとはためかせ熱弁する姿はなるほど、その必死さは伝わる。
しかし、だ。いくら気持ちがあろうと当の本人が鳥頭ならどうしようもない。
そもそんな抽象的な情報なぞ当てはまる奴はいくらでもいる。
もっと手掛かりはないのかと何度も問いただしたが、その度にさきの回答を繰り返すものだから、こちらとしてももう勘弁願いたい頃合いになっている。
知り合いのハトだって三歩歩かなければもう少しまともな回答を返すだろう。どうにか開放してくれないものか。眼前の鶴に気が付かれないようこっそりと隣を見ると、鶏も同じようなことを考えたのか、視線がぶつかった。
「私ではどうしようもない。どうにかできませんかね鶏さん?」
と目でそれとなく問いかける。
「俺様にどうかしろと?無理だが?こちらもうんざりなんだが?勘弁してほしいんだが?清廉潔白に生きてきた俺がなぜこんな目に?」
の目を返してくる。役に立たない。タンドリーチキンにしてやろうかと思った。
「ねぇ?聞いてますの?聞いてないんでしょう?ねぇ?じゃあもう一度説明しますわよ!あれは冬の雪の日でしたわ。私は不幸にも……」
とこちらが気を抜いてる隙に都度11回目の回想に入ろうとする。
キーキーと甲高い声で喋るため、いつぞやの猿を思い出させた。あいつもよく話を聞かない奴だった。
延々と終わりの見えない繰り返しに、ああもう今日はこいつに付き合って一日が終わるんだな、貴重な時間を、一日を、と半ば諦めかけていたところであった。
「おやおや雉さんに鶏さん。どうしたんです?珍しいですねこんなところで」
と助け船がやってきた。小さな体躯ではあるが、そのしわがれた声からは相応の年月を感じさせる。
「うぅん?こちらの方は?」
「あらあら、初めましてかしら?初めましてですよねぇ?そうでなければお久しぶりです。私は鶴と申します。北の方から参りました」
「それはまあ遠路はるばると。私は雀。本日はどうしてこのような場所に?越冬の準備ですかいな?」
「いえいえ。そうわけではなく、ちょっと人探しをですね、こちらの方々に協力してもらっていてですね」
「ほう、人探しですかいな」
ああマズい。この流れはマズい。またもう一度彼女の身の上話を聞かされる羽目になるのか。というか人探しの依頼を受け取った覚えはない。許されるならさっさとこの場から飛んでいきたいのだが。あぁ、大空へ羽ばたきたい。願わくばもう二度と彼女の顔も見たくないし、声も聴きたくない。
そんな心の声も、さすがに雀さんには伝わらなかったようで
「なるほど、貴婦人がお困りのようですなら、私も老体に鞭打って、微力ながらお助けいたします」
「あらまあ!なんてお優しい殿方なんでしょう!!
それじゃあ最初からもう一度お話いたしますわね!
あれは冬の雪の日でしたわ。私は寒さに耐えながら……」
と何度聞いたか分からないことの顛末を話し始める。
修辞が多く、話があちらこちらに飛んで、取り留めもない語りであり、一度聞いただけでは話が理解づらく、しかし出てくる情報と言えば、「彼女が猟師の罠にかかり、それを助けてくれた老人がいる。その人に恩返しがしたい」というひどく簡素な事柄だけである。
話を一通り聞き終えた雀は
「ほう……そういうことですか」
と一言反応し黙ってしまった。何か考えている様子である。流石の雀も一度では理解できなかったか。冗長な語りは眠気を引き起こす。私も彼女が何を言いたいのかを理解するのに3度同じ話を聞かなければならなかった。その過程で彼女がこちらのことを余程の鳥頭と捉えたのか、はたまた彼女のブレーキが壊れたのか、こちらが了解したと伝えた後も4度5度と続けざまに話を繰り返し、こちらを辟易とさせていた。さて、あと何度話を聞かされるのだろうかと遠い目を当てもなくさまよわせていると、雀が再び口を開けた。
「それならば、もしかしたら心当たりがあるやもしれません」
「本当です?本当に?あのお爺さまがこのあたりにいらっしゃるんですの?」
信じられませんわ!と鶴が興奮している。手がかりを見つけた喜びが、これでもかと漏れ出ている。
心当たり。
しかしそれは……その手掛かりは……。
「雀さんよぉ。そらぁ俺様にだって心たりくれぇはあるさ」
と鶏。
「どういうことですの?先ほどまでは分からない知らない理解が出来ないとかおっしゃっていたじゃありませんの?騙したんです?騙したんですね?騙したなこのぉ!!」
とくちばしでつつき始めそうな勢いで鶏に突っかかりにいく鶴を何とか押しとどめる。
「いや違ぇんだよ。分からねぇってのは本当なんだ。けど心当たりがあるってのも本当だ。でもよぉ、そりゃ2、3件って話じゃねぇ。20、30、もしかしたら200、300もある心当たりの話だ。もしそういいうことを言ってるなら雀さん、あんたもうボケちまったんじゃねぇのか?」
そういうことである。
鶴の言う「お爺さん」にあてはまる人物がいないわけではない。というかいる。いすぎる。
「白髪で、歳を取ってて、優しそうな風貌で、その上何か動物に恩を売っている爺さんなんぞここら一帯には山ほどいる。鶴を助けました。犬を助けました。猫を助けました。兎を助けました。馬を助けました。亀を助けました。狐を助けました。狸を助けました。猿を助けました。鼠を助けました。金魚を助けました。蠅を助けました。龍を助けました。人を助けました。」
そんな奴らはごまんといる。
「だから、そんな中からあんたを助けたっていう爺さんを探すのは土台無理な話なんだよ。会えない。取り敢えずで尋ねた家にいるなんてこたぁ有り得ない」
「そんな……」
鶴は両の羽を口に当てメソメソと泣き始めた。
泣いても問題は解決しないぞと余計なことを鶏が言うからさらに大声で泣き始め、鼓膜が信じられない勢いで揺さぶられる。火に油を注ぐなよ。
このままではらちが明かない。話を進めるためにも私は雀に話を振った。
「でもわざわざ『心当たり』というからには、何か根拠やらがあるんですよね」
すると今まで沈黙していた雀はくちばしを開いた。
「あぁ、確実にその人と言えるわけではないが、一人、その可能性が高い爺さんを知っている。この前止まった木の根元で爺さんたちが雑談をしててな。その時の一人が昔鶴を助けたって話をしてたんだよ」
「でも鶴を助けたって爺さんも一人じゃねぇぞ。こいつを助けたっていう爺さんじゃねぇ可能性の方が高い」
「それでも、だ。『鶴を助けた』という必要条件は満たしている。十分調べに行く価値はあるはずだ。少なくとも『犬の恩人』や『猫の恩人』だったという理由での空振りはない。家の場所も大体把握している。それに……」
それに?なんだ?「私は話が下手な鶴を助けました」のネームプレートでもつけていたか?
「それにその爺さんはぼやいてたんだ。『鶴ぁ助けたのに、まだ一度も恩返しに合って無ぇ』ってな」
先ほど述べたように、ここら一帯には昔何かを助けたという爺さんは掃いて捨てるほどいる。しかしその大半は「恩返し」の類を受け終えている者である。小判を掘り当てられたり、化け物から身を守ってもらえたり、雨を恵ませてもらえたりと様々な形でである。しかし中には未だ恩返しを受けていないという者も多少存在する。そしてこの鶴、恩返しがしたいから爺さんを探しているときた。つまるところその爺さんは、まだ恩返しを受けていないのである。
鶴を助けた、そして恩返しを受けていない。その二要素が揃ったなら、もしかしたらもしかすると、その爺さんがこの鶴の探している人物たり得るかもしれない。
無論、そうでない可能性もなくはないが、行ってみる価値は十分だろう。
「それなら鶴さん、取り敢えずその方の家に案内してもらったらどうです?もちろん、雀さんが良いならですが……」
「ははっ、ええ、構いませんよ。今日はちょうど暇していましてねぇ。暇すぎて軒先の糊でも舐めてこようかと思ってたところなんで、はい」
ジョークなのか、はたまた本気なのか、その表情からは窺い知れない。過去に一度、その現場を押さえられ、舌を切られたことがあると言っていたが、その真偽も定かではない。
「さて、うん。思い立ったら吉日、善は急げと言いますし、あとは雀さんに任せてもらったらいいでしょう。私はそろそろお暇して……」
「あ?どこ行くんだ?お前も一緒に来るに決まってるだろ」
ちゃきちゃき帰ろうとした私を引き留めたのはに鶏だった。
「何故です?というか逆に何であなたは付いていくんですか?もう私たちの役割は無いでしょう。というか最初から無かった。付き合う必要もないものに付き合って。私はもうくたくたなんだ。帰らせてくれ」
後半はもう取り繕う元気もなく、普段は隠している地が漏れ出てしまう。鶴が何か言おうとしていたが、しかしそれよりも鶏がくちばしを開けるのが先だった。
「でもよぉ、絶対これからなんか一波乱あるだろ。なあ、こういうのはあるんだよ。鶴がお爺さんと出会ってめでたしめでたしで終わるなんて、あり得ない。事件が。事故が、もしくは怪奇現象が」
「ないよ。もしくは人違いで出会えず残念でした、かのどちらか。留守でした、もあるかもしれません。ただそれだけ。事件にはならない」
「いや、なる。なるねこりゃ」
自信満々に答える鶏。そこまで堂々とされると、本当に何か事件が起きそうな気がしてくる。仮に何事もなくとも、じゃあ俺が事件を起こしてやる、という気概すら見えてくる。
「それに、だ。今俺たちは四羽いる。四羽。ちょうどいいんだよ」
ちょうどいい?「四」と「死」で員が踏めるから死を招くから?
「縁起でもねぇこと言うなよ。違う違う。ほら、お前、鬼退治ときたしか全員で一人と一匹と一匹と一羽で四だっただろ。俺も音楽隊を結成したとき一頭と一匹と一匹と一羽で四だ。な?ここまで言えば分かるだろ?」
「何も分からない。なんだ君何が言いたいのさ?」
「だからよぉ、四の組は成功する集団なんだって。お前たちは鬼を退治した。俺たちゃ泥棒を追い払うのに成功した。じゃあ今度は鶴の恩返しも四羽で行ったら成功するに違いないだろ」
そう思うだろ雀さんもよぉ?と鶏が雀に賛同を求める。困った顔をしているではないか。困らせるなよ、年長者を。
無茶苦茶な理論であれこれ適当なことを話す鶏。
雀は鶴に尋ねる。
「どういたします?鶴のお方。恩を返すのならば、単身で伺った方がいいとは考えていたのですが……」
「ええ……私も先ほどまではそう考えていたのですが……。しかし鶏さんのお話を聞いて少々不安になってきましたの。なんだか私もこのまま無事に終わるような気がいたしませんわ」
おいおいおいちょっと待ってくれ。やめてくれ。
「それに、ここであったのも何かの縁。もしかしたら神様が私にこの方々と一緒に恩返しをするよう仕向けたのかもしれませんわね。あら、そんなこと言ってたなんだか本当にそんな気がしてきましたわ!!一緒に来てくださります?」
なんだか話が思わぬ方向に転がってきている。鶏は勿論と頷き、雀も「そこまでおっしゃるなら……」と承諾しているようすである。
三羽の目がこちらを向く。
断る。
絶対に断る。
拒絶の言葉を繰り出そうと息を吸った瞬間、鶴が
「そうえば、雉さんって吉備団子が好きなんですよね?私たまたま旅の道中で手に入れる機会がございまして……」
予定調和のように、私は仲間になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます