第46話 新たな目標①

 何かが足りない。

 

 ここ数日間で、そんな考えが脳裏をよぎるようになった。

 今の自分に物足りなさを感じてしまう。

 でも、足りない『何か』の正体が分からない。

 

 初心を忘れて必死さを失ったのではないか、そんなことを考えたりもした。

 でも今だって毎日全力でトレーニングはしているし、毎夜視聴者を楽しませるために頭を捻り苦心している。

 たぶん、デビュー当初と比較しても、努力を怠っているというわけじゃない……と思う。

 数値化できないものを天秤に掛けても結果はでない。


 でも、初配信で感じた自分自身の熱が、今の私にはもうないことは確か。

 

 そうだ、熱が無い。

 刺激、夢中さ、熱。


「う~ん……なんでだぁ?」


 悩みすぎて思わず唸り声が出てしまう。

 そんな私へ苦言を呈するのは葛西だった。


「ハズレ、聞いてんのか?」


 今は矢崎に呼び出されていつもの如く事務所の一室に居る。

 相変わらず無駄に高そうな革製のソファーは座り心地が良い。

 

「おっと、 1ミリも聞いてなかったっすわ」


 誤魔化す意味もないから素直に答える。


「テメェなぁ!」


 葛西は私の回答にご立腹。

 矢崎はいつものニヤケ面だ。

 

「ハッハッハッハ! オイオイ、ハズレェ随分と考え込んでるじゃねぇの」

「いや~、すんませんね。なんか大事なこと言ってました?」

「なぁに、お前が中間目標を達成してくれたんで、そのことを褒めちぎっていただけだ。もう一回褒めて欲しいか?」

「いらね」

「ダッハッハッハ!」


 本日も楽しそうで何よりだ。


 そんなことを思った端に、いつもと違う真面目な顔で私を見つめてくる矢崎。


「でぇ? 何に悩んでんだ?」


 初めて見るかもしれない真面目くさった矢崎の顔に面食らってしまう。

 

「なんですか? 相談にでも乗ってくれるんで?」

「オウ、偶には年の功ってもんを見せてやろうと思ってな」


 マジかよ。槍でも降るのか?

 それとも相談料でも取る気か?

 

「お幾らで?」

「1時間で10万ってとこだな」

「くたばれ爺」


 こちとら本気で悩んでいるというのに、ふざけたことを吐かしやがって!


「ダッハッハッハ! ……ま、今のは冗談だ。金なんか取らねぇよ。これからお前に大事な話があるんだ。……それなのに、そんな腑抜けられてちゃ話にならねぇ」

 

 今度はどうやら本気らしい。

 とはいえ、相談するにもなんと言えば良いやら。


 いや、ここは素直に直球で行くか。


「……なんか、熱がなくなっちゃったんですよね」

「なるほどな」

「えっ? 今のだけで分かるんですか?」


 たった一言で何かを理解したらしい。

 表情からしてふざけているわけじゃない。

 矢崎は一度頷いてから私の言葉に答える。


「目標がなくなったんだろ」

「中間目標を達成したから気が抜けてるって?」


 それは私も考えた。でも、何か違う気がする。

 そもそも、中間目標を達成したところで満足感などなかった。生憎と燃え尽き症候群になるようなメンタリティは持ち合わせてない。


 しかし、矢崎から続く言葉は予想外の物だった。

 

「ちげーよ。中間目標はそもそもお前の目標ではない」

「はい?? いやいや、アンタから私に課した目標でしょうよ」

「そうだ、あれは俺がお前に与えた課題だ。俺のためにな。……だから、根本は俺の目標なんだよ。さっき言ったのは、お前自身の目標のことだ」

「あ…………」


 悔しい。たぶん合っている。

 

 なるほど、自分の目標を持たないまま今の状況に流されているから虚無ってるわけか。


 思えば私が半年間VTuberをする中で一番やりがいを感じたのは、初配信だったかもしれない。

 矢崎から提示されたチャンネル登録者数1万の目標。それを突っぱねて自らぶち上げたハードルを越えたあの瞬間。

 あの時は、誰かの目標じゃなくての目標になっていた。


「ああ、なるほど」


 ようやく自己分析することができた。

 思わず独り言が漏れる。


「私自身の目標がないからつまらないのか」

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