閑話 2年2組 如月ハズレ②

 昼休み、私は陰からクソガキAを尾行してる。

 所詮は中学生だ。

 悪巧みをするのなんて長い休憩時間が確保できる今ぐらいなもの。

 放課後に何をするつもりなのか先に聞いておいてやろう。


「アイツ何なのよ! 靴をあんなにされて怒りもしないなんて!」

「ハナちゃん落ち着きなよ……。てか、先生に聞かれたらヤバいって……」

「聞かれても大丈夫よ、どーせ先生も皆アイツの事は嫌ってるんだから!」

「でも……」


 どうやらクソガキAはハナちゃんというらしい。

 意外にも可愛い名前だ。


「それで、放課後どうするの?」

「決まってるでしょ、アイツを今度こそ泣かせてやるのよ」

「如月が泣くことって何かあるの? 1ミリも想像できないんだけど……」

「…………今度のは、たぶん泣くわよ」


 ちょっと不安そうなハナちゃん。

 いったい何をしてくれるんだろうか。


「な、何するの?」

「フフッ……これよ」

「えっ……」

 

 吃驚した声を出す連れの女。

 しかし、私の居る位置からハナちゃんが何を持っているのかは見えない。

 

 なんだ? 何を持ってる?


「さ、流石にマズいよハナちゃん……」

「大丈夫よ! 放課後の屋上なんて誰も居ないんだから!」

「で、でも、それは……」

「裏切るなら、アンタから刻んでも良いのよ?」

「うっ……わ、わかったよ…………」


 刻む? まさか……ナイフか?

 拙いな、流石に中学生の悪戯レベルじゃない……。


 私はそっと教室に引き返して対策を考えた。


 ◆


 そして、放課後。


「ちゃんと逃げずに来たのね……」


 屋上にはハナちゃんと取り巻きの二人が待ち構えていた。

 相手が凶器を持ち出したことを考えて逃げることも考えたけれど、それでは虐めがエスカレートしてしまう可能性もある。

 私は状況が悪化することを防ぐためにも、今日ケリを付ける決断をした。


「こっちは一人で、そっちは三人かよ……ずりぃなぁ、ハナちゃん」

「だっ、誰がハナちゃんよ!」

「はっ、せっかく名前を憶えてやったんだぞ? このハズレ様が……お前如きゴミの名前を! 靴を舐めて感謝しろメス豚ァ‼」

「がっ…………ア、アンタ……状況、分かってんの? こっち、三人いるんだけど?」


 こういうときはハッタリをかますに限る。

 所詮、相手は小僧……いや、小娘だ。

 精神年齢アラサーの私からすればガキ。


 刃物なんかよりも恐ろしいものが社会にはゴロゴロあることを知っている私には、目の前の三人が刃物を持っていようとも恐ろしくはない。

 前世ではちょっとしたミスで億単位の損失を生み出すコンサル業をしていた私だ。

 顧客にはアウトサイドの人間もいたのだが、当時の私の上司は奴らに損をさせた責任を取り指を失った。

 だが、あの上司はホルマリン漬けされた指を使って、指が消えるマジックを披露する程の豪胆さを秘めていた……あれが本当のバケモノだ。

 そういう世界を知っている身からすれば、こんなもん市民プールくらいぬるい。

 なんで市民プールってぬるいんだろうね? 誰かのおしっこかな? まぁ、いいや。

 

 そもそも、目の前のガキはどーせ人を刺す覚悟なんてないチンピラ以下のバカだ。

 だが、これ以上増長する前に、今日をもって私はこのガキどもから全ての自信と尊厳を剥奪する。


「オイ、お前ら、刃物持ってんだろ?」

「はっ、刃物ッ⁈ そんなん持ってな――」

「私もしっかり持ってきてやったぞ? ほれ」


 私はポケットからカッターを取り出す。

 隣の男子の筆箱から適当にパクったものだ。

 ちなみに刃は抜いてある。間違って刺したらこっちが犯罪者だ。


「おら、かかって来いよ、テメェらの顔面グチャグチャにしてやる。……イヒヒッ」


 私は刃無しカッターを見せびらかして笑みを浮かべる。

 すると、効果は覿面てきめんだった。いや、あまりにも効きすぎた。

 

「ひっ……」

「い、嫌ぁああああああ!」

「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい‼」


 …………あれぇ?

 なんか、思ってた反応と違うぞ?

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