第42話 スパルタ➁

「あぁっ……無理っ、もうっ……んっ……」

「がんばれ♡がんばれ♡」


 配信室には私の乱れた息遣いと苦悶の声、そしてエマのエールが響く。


 コメント欄:

 『ふぅ…………』

 『えっちだなぁ』

 『いけませんよっ!』

 『これBANされない?』

 『違う、俺の心が汚いだけだ……何もおかしなことはない…………』

 『今日はこれでいいや』

 ………………………………


「あ゛あ゛あ゛……マジ、もう死ぬ……」

「……あと10回」

「無理、腹筋どころか全身痛い……」


 私はエマ教官のスパルタ訓練を受けていた。

 まだ始まったばかりだけど、普段から筋トレなんてしていないものだから数分でヘトヘトだ。

 休憩ついでに、床に転がったままチラリと携帯で配信画面を見ればコメント欄がおかしなことに……。


「おい、お前ら、何考えてやがる!」


 コメント欄:

 『どう考えても二人が悪い』

 『これは不可抗力』

 『態とやってたんじゃないの?』

 『俺たちが怒られるの?』

 『えっちな事を考えてました』

 『姉御、最高』

 ………………………………


「テメェら! 私でシコったら焼き討ちするからな!」


 自分が男どものオカズになるなどと、考えただけで鳥肌ものだ。

 

 オッサンで気持ち良くなろうとするんじゃねぇ! 許さんぞ!


 コメント欄:

 『シコ……?』

 『姉御、慎みを持ってくれ』

 『ヒカゲちゃんの教育に悪い』

 『流石にそれは……』

 『やめとけ』

 『えぇ……』

 ………………………………


 この程度の発言で、何を今さら戸惑っているのか。

 どうやら未だに私へお淑やかさを求めている視聴者が居るらしい。

 そんなもん期待されても困るから早々に諦めろ。

 

「……あと10回」


 コメントと戯れていたら、エマから催促されてしまった。

 どうあがいてもノルマ分は筋トレをさせるらしい。


「あー、わかったわかった……」


 私はエマに足を抑えて貰いながら腹筋を再開する――。



「……さん」

「んっ……」

「……にー」

「ああっ……」

「……いち」

「どりゃああああああ!」

「……ぜろ」

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」


 あれ、ゼロまでやったら 1回多くない?


 雄たけびを上げならプラスアルファまでキッチリとノルマをこなす私。

 やりきった達成感に包まれながらコメント欄を見れば、何故か残念そうにしているバカどもが多かった。


 コメント欄:

 『せっかくの雰囲気が……』

 『もっと良い感じにできんの?』

 『これじゃ使えない』

 『うーん、ちょっとこれは……』

 『お前ら、やめとけ』

 『もっとエマちゃんと良い感じの雰囲気で……』

 ………………………………


「お前ら、ちょっとは私を労えよ……」


 どこまでも煩悩に忠実な視聴者たち。

 呆れを通り越して感心しそうだ。


 

 そんなこんなで、エマのスパルタ教育は幕を閉じ――ない。


「じゃあ、次は背筋50回」

「助けて皆……」


 コメント欄:

 『エマちゃん怖いな笑』

 『姉御、逝ってこい』

 『頑張ってね……』

 『流石に姉御が可哀そう』

 『許してあげて……』

 ………………………………


 流石に私に対して同情的なコメントも出てきた。

 しかし、エマは全くの無表情。

 

「……がんばれ♡がんばれ♡」


 もう呪詛にしか聞こえないエマのエールが木霊すのであった――――。

 

 


 筋トレが終わる頃には私のライフはゼロになっていた。

 床に這いつくばる私を置いて、エマは配信を終わらせてしまう。


「……今日は終わり。おつかれ」

「………………」


 本当に、何もかも滅茶苦茶にされてしまった。

 こうして、私とエマの初顔出し配信はようやく幕を閉じる。


「……これ、配信外でも毎日やる」

「もう殺せよ」


 どうやら『極東ミネネアイドル化計画』は予想以上に苦しい戦いになるらしい。

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