第35話 拡散①

 極東ヒカゲの初配信を終えた翌日、私は矢崎に呼び出されていた。

 場所は事務所。

 この場所に通されるだけで嫌な気分になるのは、過去の経験から来る生理現象という奴なのだろうか。

 

「くっ、早く殺せ……」

「オイオイ、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよハズレ」


 まあ、このセリフを言ってみたかっただけだ。

 それにしても、人聞きなんて今更気にしているのか?

 どの面下げてそんなことを言ってやがるクソ爺。


「冗談はさておき、何かしらの罰はあるんでしょう?」

「まあ、お前のミスを無かったことにはできんわなぁ」


 矢崎は顎を撫でながら、いつものニヤケ面で私を見下ろすように立っている。

 いったいどんな罰が下されるのか。


「まあ、正直エマの名前が出たところで何か被害があったわけではないんだがな。むしろ、早速本名がバレたVTuberってんで話題になってる。おかげさまで極東ヒカゲのチャンネルも一度の配信で登録者11万人だ。良い結果ではあるだろうよ」

「結果が良ければ全て良し、と?」

「ああ、俺たちは金を稼げれば問題ない。あれで話題を取れたなら、こっちとしては万々歳だ」


 ほっと胸を撫で下ろしたいところだが、今回だって御咎めなしとはいかないだろう。


「「それでも、ケジメは必要」」


 矢崎の言葉に被せて私も同じことを言う。

 コイツのやり口はもうわかっている。


「……ほう? 分かってるじゃねぇか。それなら、もう少し自分で気を付けることだな」


 仰る通りで……。

 

 今回は運よく良い方に転べただけ。

 今回の件をよく戒めるためにも、私へのペナルティは必要だ。


「まあ、お前への罰は色々考えた。エマと同じく名前を公開するとかな」

「まあそれくらいなら――」


 それが妥当な所だろうと、私も思っていた。

 しかし、矢崎は私の想像を超えてくる。

 

「だが、それぐらいじゃお前は痛くも痒くもあるまい?」


 おい、ちょっと待て、それの入り方は不穏過ぎるぞ。


「そして、俺は良いことを思いついたわけだ」


 ――パシャッ!


 これまで黙って部屋の隅に立ってた田村が私の写真を撮る。

 

「ん? 急になんだ?」


 田村は私の質問には答えず、そのままスマホを弄り続けた。

 

 いったいどういうつもりだ……?

 

「いや、ちょっとSNSにアップしてもらおうと思ってな。俺が田村に頼んでた」

「……………………は?」

「ほれ、このように」


 何でもない事のように、携帯画面を私に見せてくる矢崎。

 そこには、私の横顔を撮った写真とバカみたいな投稿文が……。


『おーっす、お前ら! 極東ミネネだぞー! 今は極ライブのスタッフさんと会議中! 昨日はヒカゲの配信で粗相をしちゃってごめんなさい。これはお詫びのサービスショットだぞ♡』


 

 ――――――――――。

 

 ――――――――。

 

 ――――――。

 

 

「なーーーーーーにやってんだああああああああああああ⁈」

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