第36話 拡散➁

「ダッハッハッハッハ! 流石にこれは予想外だったようだなハズレェ!」

「予想できるわけねぇだろ! 何考えてんだ⁈」


 大笑いする矢崎。

 今すぐに顔面を殴り飛ばしてやりたいが、そんなことをしてもコイツがやってしまったことは取り消せない。

 投稿を消したところで、既に写真は多くの人間の目に焼き付いている。


 リプライ欄:

 『これマジで姉御なの?』

 『クッソ美少女おって草』

 『AI生成とかじゃないの? 可愛すぎない?』

 『顔の造形が整いすぎてる。フェイク画像だろ』

 『本人だとしたらヤバくない?』

 『この顔であの声? 完璧な美少女すぎる』

 『本人だとしたら最高すぎ』

 ………………………………


「オウオウ、大人気じゃねぇかハズレ! 投稿して 1分でもう大拡散されてるぞ!」

「い、いやぁ……これ、ヤバいだろ…………」


 コイツらVTuberって何だか知ってるか?

 どうして自ら身バレしてんだよ。

 

 っていうか私の肖像権はどこ行った? お散歩に出かけちゃったのかな?


「正気かアンタ? これ、どうする気だよ?」

「どうもせんよ。何もせず投稿が拡散されるのを待つだけだ」

「拡散させたら拙いから聞いてるんだよクソボケが!」


 いや、分かっている。もうどうにもならない。

 だから、矢崎の言うように何もしないでいても結果は変わらない。

 結局は拡散されるのを待つだけ。


「ま、落ち着けよハズレ。オメェ、そもそも何で焦ってるんだ?」


 なんで? なんでってそりゃあ…………。


「わ、私と極東ミネネは別の存在だ。視聴者だって中の人が居るなんて分かっているだろうが、態々顔を公表するなんて夢を壊すみたいなもんだぞ?」


 そうだ、自分で口にして再認識できた。

 VTuberは夢を売る仕事だ。夢の国の住人なんだ。

 着ぐるみの中にヤサグレた中卒ニートが居たらガッカリするだろうが!

 

 しかも、その中卒ニートの着ぐるみの奥には40代のオッサンがまだ隠れ潜んでいる……。


「しかし、評判は良いみたいだぞ? ほれ」


 そんなことを言って、再び私に携帯画面を見せてくる矢崎。


 リプライ欄:

 『これは推せる』

 『中の人まで美少女なのは反則』

 『普通に顔出しで配信した方が売れるんでは……?』

 『いやいや、絶対別人だって。信じてる奴いて笑うわ』

 『本人かどうかは置いといて、この子が美少女なのは間違いない。眼福です』

 『リアル姉御いいな』

 『エマちゃんもそのうち出てくる?』

 『俺はリアルとヴァーチャルは分けて欲しい……。ちな可愛いのは認める』

 ………………………………

 

「……マジかよ…………なんで?」


 賛否は分かれているけど、概ねは確かに好評だ。

 既にリポストも1000を超えている。まだまだ凄まじい勢いで拡散されていきそうだ。


「ハズレ、テメェはまだ極東ミネネになって日が浅い。だからだよ」

「………………?」


 私には矢崎の意図するところが掴みきれない。


「お前が初配信でエマの名前を出しちまったから、どんな炎上になるかとヒヤヒヤしたんだが、結果はどうだ? 炎上どころか大好評よ。それで俺は思った。イメージが固まる前にヴァーチャルとリアルを混ぜちまえば問題にならねぇとな」


 着ぐるみの中に人など入って居ないと謳っておきながら、その夢を後から壊すから問題になる。

 最初から着ぐるみの中に人がいて、どんな人物であるのか明かしていれば炎上にはならない……。

 そういうことなのか?


「分かったかハズレ。これは致命的な問題にはならない。賛否は分かれるかもしれねぇが。間違いなく良い起爆剤になるんだよ」


 この爺……やっぱり侮れねぇ…………。


 私は矢崎の慧眼につい感心してしまった。

 たしかに、今のタイミングならこれは良い戦略なのかもしれない。

 だが――。


「いや、待てよ。私の顔が全世界に無断で発信されたことは問題あるんだが?」

「…………ハズレ、これはケジメだ。いいな?」


 やっぱり矢崎はただのクソ爺だった。

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