閑話 矢崎という男

 俺の名は矢崎やざき ごう

 金貸しを主とした小規模な組の代表をやっている。

 金を返さねぇ不届き物には多少グレーな仕事を斡旋することもあるが、そこらの真っ黒な組織運営よりはましだと自負している。

 当然、殺しなんてやったことも、指示したこともない。

 脅し文句に多少荒っぽい言動をするのはご愛敬だな。


 そんな俺のところに、最近、面白れぇ一人の娘――如月ハズレがやってきた。いや、連れて来たというのが正しいか……。

 あの娘を初めて見た時の印象を一言で表すのならば、奇怪。

 ちぐはぐな言葉遣いと見た目。

 異常に整った顔立ちに反して、ボサボサの髪、みすぼらしい服装。

 一見してまともな家庭で育っていないことが分かった。


 ハズレは俺が金を貸している如月家の一人娘。

 あの屑共の家庭だ、状況は想像に難くない。一般的な教育なんて受けて来なかったはずだ。

 

 だが、ハズレには高い知性と、何よりもそこに居るだけで他者を圧倒する異様な何かを感じた。

 どんなもんかと揶揄ってみれば、そこらのチンピラより遥かに度胸がある。なによりも、咄嗟の駆け引きに出る大胆さ。

 会話をした瞬間から、目の前の存在が15歳に満たない少女であることが信じられなかった。

 

「オイ、葛西。あの娘、どう思う?」

「ありゃあ、まともじゃあないですねぇ」

 

 俺の側近を務める男――葛西。

 組の中では突出して胆力と人を見る目がある。そして、何より人心を掌握する術に長けている。

 葛西の手腕で従順になった娘を使い、如月夫妻が居そうな場所を炙り出す。その後は娘を解放して親から金を回収する。

 、そんな予定だった。

 それが、あんまりに手放すのが勿体なくて咄嗟に囲い込んじまった。

 まあ、あの様子だと家に帰るよりも、ウチに居た方がましな生活を送れるはずだ。


「俺の口車じゃアイツを乗せられそうもないですね。エマとは別の性質で異常です」

「そうか…………親の方はどうだ? 何か情報は出てきそうか?」

「ハズレから何か出ることはないでしょうね。そもそも親子の関係が完全に切れてそうです。どうやって育てられたんだか」


 元からまともな対話が難しい夫妻だった。

 それでも当時13歳になる娘が居て、育てるのにどうしても金が欲しいと言うから、まだ子を育てる人間性は残っているのかと思って金を貸したが……やはり、勘違いだったらしい。

 奴らはどうやっても探し出して落とし前を付けさせる。


 それはさておき――――。


「へっ、咄嗟に新しいプロジェクトへ組み込んじまった」

「矢崎さんの悪い癖です。気に入った人間をすぐに囲い込む」

「まあ、これも何かの縁って奴よ。……ああ、それと、俺のことは今後、オジキと呼べ。その方がヤクザっぽいだろ? ハッハッハ!」

「ハァ……。貴方にも困ったものです…………」


 アイツの部屋には鍵なんて掛かっちゃいない。本当に嫌なら勝手に出ていくだろう。

 そうしないなら、アイツもウチに居心地の良さを感じてるってことだ。


「さて、どうなるか……」

 

 今後、ハズレがウチで何をやらかしてくれるのか楽しみだ。

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