第24話 無口なヒロイン

「来月にエマをVTuberとしてデビューさせることが決まった」


 田村は真剣な面持ちでそんなことを言う。

 その隣の葛西は厳めしい顔で腕を組み、エマの方を向いていた。

 

 しかし、当のエマは私の隣でボケッとした顔で椅子に腰掛けている。

 いつも通りと言ってしまえばそれまでなのだが、これからのことを思えば頭が痛くなってくる光景だ。

 ちなみに、珍しく矢崎の爺さんは不在。今頃どっかで滞納者のケツを蹴り飛ばしているのかもしれない。……いや、居ない爺より目の前の問題の話が先か。


「なぁ、お二人さんよ。やっぱりエマにVTuberは無理があるって。だって、これだもの」


 親指でクイッとエマの方を指しながら、私は葛西と田村に抗議を入れる。

 

 だって、どう考えてもエマじゃやっていけない。

 VTuberって知ってる? トークメインの配信業だよ?


 私が彼女と出会ってから一ヶ月余り経つが、未だに「ん」の一音以外に声を聞いたことがない。

 そんな奴が人前で話す仕事を任されても全うできようはずがねぇ。

 これはエマを守るための抗議でもある。

 

 ――――だから、私の親指を曲げてはならない方向に押し込むのは止めるんだ、エマ……。

 

「……そこは、お前が何とかしろ。今後のパートナーになるんだから……」


 私から顔を逸らして葛西がそんな無責任な丸投げをしてくる。

 テメェ、こっちの目を見て言ってみろ。

 絶対に無理だと思ってんだろーが!


 田村の方にも視線を向けたが、同じような反応が返ってきた。

 私に権力があったら、コイツらを亡き者にしているところだ。


「ハァアアア…………。そこまでエマに拘る理由ってあるんすか?」

 

 純粋な疑問。

 愛想がないどころか喋らない。ユーモアはあるかもしれないが、生身が見えないVTuberではエマの良さは全く伝わらないだろう。

 こんなことで金を掛ける意味がわからない。

 正直、波に乗っている私の活動にとっても邪魔になりそうで嫌だ。

 エマには悪いが、こっちはごっこ遊びで配信活動をしちゃいない。


「エマは元々お前よりも先にデビューする予定だったんだ。お前が来て急遽プランを変えた。オジキの指示でな。これは既定路線だったんだよ」

「マジで言ってんのかよ……。矢崎さんは何考えてるんです?」

「さあな……俺もオジキの考えを全て理解しているわけじゃあない…………。でも、エマを囲ったのはオジキだ。おそらく何かがあるんだろうよ」

 

 葛西は若干疲れを滲ませる声でそんなことを言う。

 コイツもあの奔放な爺には苦労させられているのかもしれない。


「ホント、どーしろってんだよ……」


 真面目な話をしている隣で、私の親指をこねくり回して遊ぶエマ。

 それを尻目に、私は再び溜息を吐くのであった。

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