第5話 先輩

 オッサンが部屋から出て暫くすると、神妙な顔つきになったハゲが話しかけてくる。

 黙ってこの男と見つめ合っている時間は苦痛だったから、正直会話を仕掛けてくれるのは助かる。

 

「お前、どういう育ち方したんだ?」


 何かと思えば、素朴な疑問を投げかけられてしまった。

 どう、と聞かれても困る。

 毎日ラリッて暴れ出す親父と、ヒステリーで金切り声を上げるババアを眺めながら家事をしていた。


「頼りにならない両親だったんで、ある程度のことは一人でやって育ちましたよ。特別な事はしてないっすね」

「なら、生まれつき心臓に毛が生えてんだな」


 乙女に向かって毛が生えているとは失礼な。

 セクハラですわよ?


「俺の脅迫に動じないガキはお前で二人目だ……自信無くすぜ」


 それは良いことだ。

 これを機に心を入れ替えて真っ当な世界に羽ばたいてほしい。

 ついでに私のことを解放してしていってくれ。


 それにしても、――か……。

 

 もう一人とやらは、もしかすると今からこの部屋に来る人物だったりするのだろうか。

 そんなことを思っていると、部屋を出たオッサンが早々に戻ってきた。


「アニキ、エマを連れてきました」

「オウ、中に入れろ」


 銀髪、碧眼。

 ゴスロリ服の北欧風ロリータ。

 大きな瞳には生気を感じない。

 身長は私よりも幾分か小さい。150センチ程度だろうか?

 まるで、人形のような少女が扉の前に現れた。

 

「こいつはエマだ。お前と似たような境遇だと言えば分かるだろ?」


 どうやら私には先輩がいたらしい。

 もしかすると、VTuber活動というのも私だけでやるわけではないのかもしれない。


 何はともあれ、相手が先輩だというなら先んじて挨拶をさせていただこう。

 仕事をする上で、先輩から気に入られることは重要な下準備の 1つ。


「初めまして、如月ハズレです。本日からこちらでお世話になることが決まりました」

「………………」


 私を見てるのか見ていないのか、エマさんとやらは焦点の定まらない目で私の方を眺めたまま固まっている。

 

 ここの連中、この子の事を廃人にしちまったのか……?

 それとも、日本語が通じないだけか?


 私が困った顔でハゲの方を見ると、彼も何とも言えない表情で私の方を見返してきた。


「ハァァ……。元からこういう奴だ。基本会話にならねぇ。日本語は理解できてるはずなんだが」

 

 おいおい、コミュニケーションができない先輩とか最悪だぞ。

 こんな奴とこれからどうしろってんだ。


 平時ならば可愛らしい女の子を見られただけで眼福と言いたいところだけど、今はこんなのに構ってる余裕はない。


「携帯はソイツが持ってるのを使え。連絡先が制限してあるのと、親機で使用履歴を監視してる。下手な事は考えるなよ。それと、お前には今日からそいつと生活してもらう」


 屑な両親の次は廃人少女……。

 私の同居人はいつになったらまともな人間になるんだ?

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