第2話 プロローグ➁

『お客さんが来たら、私たちの代わりにお金を払ってあげてください。 パパ・ママより』


 卒業式を終え、学校から家に戻るとテーブルの上に紙切れが置かれていた。

 明らかに怪しい内容。

 この家に来る客なんて今までいなかった。

 

「逃げるか……?」


 ――――ダァアン!

 

 非情にも、私の思考を先読みしたかのようなタイミングで玄関の扉から唐突にデカい音が鳴る。

 どう考えてもノックじゃない。扉を蹴り飛ばしたような音。

 それだけで、お客さんがまともな人間じゃないことは理解できる。


「オ゛イ如月ィィ! 金はどーしたんじゃ!」


 これはあれだ、借金取りだ。間違いない。

 手紙にあるというのは、十中八九、今外で騒いでいる人物のことだろう。

 ところで、払っておくお金とやらは何処にあるのだろうか?

 ……いや、考えるまでもない。そんなものは最初から用意されていないのだろう。


「ヤバイな、小窓から抜け出すか?」


 今以て玄関口からは扉を殴打するガンガンという音が鳴り響いている。

 残る逃げ道は風呂場にある小窓だけだ。

 

 ビビっている暇はない、今こそ冷静にだ。


 私は、物音を立てないように風呂場に移動すると、小さな引き戸を開ける。

 曇りガラスで見えなかった戸の向こうには、厳つい入れ墨のスキンヘッドさんが居た。


「お嬢ちゃん、パパとママどこ?」

「……留守ですぅ」

「ほーん。じゃ、オジサンたちとお出かけしよか?」


 風呂場の窓からこんにちは。

 私は優しいオジサンたちと夢の国へ行くこととなった。


 ◇


 黒塗りの高級車に詰め込まれた私は、明らかに筋ものの住処へ誘われる。

 黒服のおっちゃん二人に両脇を固められ通された場所には、和装した髭面の爺がいた。

 

「お嬢ちゃん、名前は?」

「如月ハズレ」

「はずれぇ? なんだそりゃ、それが人の名前かよ」


 初対面の爺から名前に難癖をつけられる。

 別に私が考えた名前じゃないのだから、そんなことを言われても困る。

 

「ウチのバカ親父とクソ阿婆擦れに言ってください」


 私の言葉に爺さんはキョトンとした顔をすると、唐突に吹き出した。


「ダァッハッハ! いい肝っ玉してるじゃねぇかハズレ! いきなりここへ来て、そんな口叩けるとはなぁ!」


 もしかして気に入られたか?

 ワンチャン、特別に許してもらえたりする?

 そもそも、私のような少女にえげつない事をするつもりはなかったのかもしれない。


 そんな油断する気持ちが芽生えたところで、自分の認識が誤りだったと即座に知ることとなる。


「さて、雑談はここまでとして……お前、身売りできる年齢か?」

 

 言ってることヤバすぎるだろ! どう見てもまだガキだよ私!

 こちとらピッチピチの中卒ですわ。

 精神年齢は脂の乗ったギットギトの40代だけどなぁ⁉


「未成年です。私とヤったら普通に逮捕されます」

「そうか……じゃあ、可哀そうだが仕方ねぇ。内臓売るしかねぇか」

「……すぅ~…………あの、それ死にません?」

「そりゃオメェ、死ぬだろ。ハッハッハ!」


 未成年淫行がアウトで内臓売るのがセーフって、もうこれ意味わからんな。


「あのぉ、なんとか両親を見つけて二人の内臓を売ってもらう方向で……」

「バカヤロォ! そんなもん勘定に入れてるに決まってんだろーが。それじゃ足りねぇからオメェを使うんだよぉ。それでも足りるかどうかってもんだ」

 

 いったい幾らの借金をこさえていたんだ。

 三人分の内臓を売って足りない額を娘一人に押し付けようとしていたとか、どこまでお茶目が効いてやがるんだウチの両親は。

 

 いや、この際あのゴミ二人は忘れよう。今は、私が生き残る道を模索するしかない。

 今まで15年間、大して役に立たなかった前世の知識を今こそ活かせ!

 

「な、内臓を売るだけで済ますから、金が足りないんじゃないですか?」

「なんだと?」

「簡単に殺さず、長期運用するってのはどうです?」


 そうだ、経営コンサルやってたオッサン時代の知識と交渉術を使え。

 とにかく、こういう奴には口を回して上手く丸め込め!

 

「まあ、それも考えたけどな、歳を食うと臓器の価値がドンドン下がるんだよ。特にお前の親父なんかは、とっくに薬でボロだ」

「このさい、あの二人はどうでもいいですよ。私ならどうです? しばらく使い道があったりしませんか?」

「……オメェいくつだ?」

「今年で15です」

「ダメだな、ウチでやってる凌ぎじゃオメェを使えねぇ。あと二年、三年も待つ余裕もねぇ。バラして売った方が今は助かる」

 

 ちくしょー! 自転車操業しやがって!

 ダメだ、こいつらはマジで金に余裕がないらしい。

 とにかく、組の運営に今金を必要としている。

 ちまちま時間をかけて返す方法じゃ――――。


 フルで脳みそを回転させていると、爺が思い出したように話し出す。


「いや、待てよ。そういえば、……オイッ! この間話してたVTuberの件はどうなった?」

「あ、あれは、確かウチの風俗で働いてる女を連れてくるってぇ話です」

「…………そうか」

 

 VTuberだぁ? いきなり分けわからん話をし始めたぞ?


「まあ、細かい事情は置いといて……。お嬢ちゃん、身体を売るかVTuberになるか、どっちか選べ」


 身体を売るって、バラバラにして文字通り売り払うってことだよな……。

 これはもう質問ではない。

 

「ここでVTuberをやらせてください!」


 斯くして、命懸けの配信者生活が始まってしまう。

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