ブタの受難

香 祐馬

第1話

「とりあえず...朝倉は、“ぶた”な。」


高校最後の文化祭、クラスの出し物は劇になった。

配役決めの時間になって、クラスの中心人物である、田嶋が言った一言がコレである。

田嶋は、明るい茶色の髪が似合うちょいワルイケメンだ。

いつも、教室後方でヒエラルキートップの面々とたむろし、目立っている。

対して、朝倉こと私は、根暗ってわけではないが、特に秀でたこともない普通の女の子に分類されてると思う。でも、ブタ役を言われるくらいには太っているかも...しれない。


昨今の周りの女の子は、BMIが普通の中でも下の方が平均になってるくらい細いから...。

名誉のために言うと、私もギリギリ普通に入ってるよ?

でも、顔が丸くて童顔のためより太って見えるのは確かだった。


だから、役決めが始まってすぐ、『とりあえず』と言われるほどには私は太っていたんだと思う。(何度も言うけど、BMIは普通に入っているんだよ...。)

その証拠に、田嶋の周りの男女が、下卑た笑いをして同意していた。


この時は、まぁいいかと、ヘラっと笑って流していた私だったが、今はもう思い出したくないくらい『とりあえずブタ』が嫌な一言になっていた。


なぜなら、文化祭が終わって、数ヶ月経った今も、『ブタ』と呼ばれ続けていたから。


「おーい。ぶ〜た〜♩

こっちこいよ。ここ座れ。」

と、今日も昼休みに田嶋くんに呼ばれる。


逆らったらどうなるかわからないから、渋々と近づいて、横に座るしかない。

「ほら!弁当だけじゃ足りないだろ?

ポテチも食えよ!」と口元にポテチを突きつけられるので、おとなしく口を開け咀嚼する。

何が楽しいのかわからないが、次から次へと突っ込まれる。

さながら、私はブタというよりもフォアグラだ。

周りの陽キャたちは、ニヤニヤとそんな私を観察してすごく嫌な気分になる。


でも、お菓子に罪はない!

思う存分に味わって食べてやるのだ。


いつも一緒にいる友達の咲ちんは、私が戻ると「大丈夫だった?」とこそっと聞いてくれる。

「うん、今日はのり塩味だった。」と報告して終わる。


田嶋グループの面々が、田嶋と私の周りを囲っているから、外からは中心で何をされてるのか見えないのでわからない。

だから、多大に心配されるのはもっともであった。


こんなブタさんの餌やりは、クラスの陽キャ達の視線さえ気にしなければ、無料菓子が食べれるだけで害はなかったのだが、他のクラスに知れ渡ると様子が変わってしまった...。


今では、涙が出そうなくらい辛い。

多分イジメと言っていいんじゃないだろうか。


他クラスの陽キャには、「ぶーたー!!ブヒッと鳴けよぉ!」とか叫ばれ、「ブタは、学校じゃなくて豚小屋だろ〜。」「ブタ臭ぇ〜、うえっ」とすれ違いざまに言われる。

このボソッと言われるのが、結構辛い。

私には人権がないんじゃないかとか、本当に臭いんじゃないかと気になって制汗スプレーが離せなくなった。


そして、ついに...。

派手な女子グループから今日は呼び出された。


「きたきた!ブぅタぁ!!

こっち来て座れ!」


ピアスがばちばち付いた、ネイルも化粧もバッチリ決まってるヤンキーっぽい女子が、私を手招きして呼ぶ。

流石にこの雰囲気では、にへらって笑うことはできない。

ふざけて呼んでる感じは皆無だ。ピリピリした空気が漂っている。

マジもんの呼び出しみたいです...。


すごすごと近づき、近くの椅子に座った。

しかし、それは不正解だった。


「ちげぇー!!お前は、ブタだろ!?

床に座るんだよ。ブタは椅子になんか座らないんだよっ!!」


ぐいっと背中を押されて、床に引き倒された。

いたっ...。膝を思いっきり打った。

絶対、コレ痣になる。


「おい。ブタ!お前、最近ずっと京介の周りうろついててウザいんだよ!」


京介というのは、田嶋くんの名前である。

なるほど、田嶋くんLoveな取り巻きの子達なのか...と納得する。


「そうだ!そうだ!

お前のせいで最近、昼休み、田嶋っちがこっちに遊びに来ないんだよっ。美奈が可哀想だろう!」


周りの派手な子達が口々に上から不満を投げ捨ててくる。

どうやら、田嶋と仲がいい女子グループから恨みを買ってしまったみたいだ。


一通り、周りが文句を言い終わると、ようやく中心人物が話し出した。


その人物は、目がぱっちりとしていて、まつ毛も長く、お人形さんみたいな輝きをしている。唇はうる艶していて、口元にほくろが小さくあって、そこはかとなく色っぽい女の子だった。

喋り方は、おっとりしていたが、目には怒りがありありと見える。


「ねぇ、ブタさん?

美奈ね、前まで、京介と昼休みはぁ一緒に過ごしてたの。

京介のグループがぁ、バスケットコートで遊んでる時必ず美奈たちも呼ばれて、一緒におしゃべりしてたんだ。

京介はね、必ず美奈の隣をキープして話してくれてぇ、美奈のことすっごく大事にしてくれてたんだ。」


天真爛漫な雰囲気で喋っているが、じっと目線を動かさずに見下ろされているので、ゾワっと恐怖を覚える。


周りの子達の方が言い方も顔立ちもきつかったけど、目の前の女の子のネットリとした増悪が一番タチが悪く恐怖を感じてしまう。


「そうだぞ!

美奈は、京介のお気に入りで、みんな京介が美奈のことを好きなのは暗黙の了解で、当たり前なんだ。」

「ブタが出しゃばって、田嶋っちの時間を奪ってるせいで、美奈もうちらも寂しい思いしてんだよ!」


やんややんやと、再び責められるが、美奈という女子が喋り出すとピタッと止まる。

どうやらこの美奈という女子がボス的存在みたいである。


「待って。

みんな、そんな言い方しちゃダメだよ。」


一瞬、助けてくれるのかと思ったら、そんなことはなかった。

声を張り上げてないだけで、言ってることは一番酷かった。


「ブタさんなんだから、そんなに早く喋ったら聞き取れないんじゃない?

なんせ家畜だし、ふふふ。」


ほら、ブタさん。今日は、京介からエサ貰えた?まだだった?

そうだよね、今日は京介バスケしてるもん。

美奈はぁ、やさしいからぁ美奈の京介の代わりにエサをあげるね。

と、くすくす笑いながら話し続け、ブタの頭にばさっと何かを落とした。


コロコロと転がる、茶色い丸いもの。

ドックフードだった。


「ペットショップに行ったら、ブタさんの餌とっても大きくて。重くて持てなかったの。

だから、ごめんね。ドックフードで。

豚小屋に帰ったらたくさん食べれるだろうから、今日はオヤツとしてコレで我慢してね。どうぞ、食べて。」


こてんと首を傾げて、可愛く言う。

そして床に散らばった粒を一つ拾うと、ブタの口元に持っていく。


「い、いえ。お腹、空いてないんで...大丈夫です。」


上から落とされたので髪の毛にも制服にも、砕けたドックフードの粉が付いている。

何が起きているのかわからないし、本当の家畜扱いがショックで、体が震える。

かろうじて、声を出し、食べることを拒否することが出来た。


「遠慮しないで。あっ、そっか。

喉が乾いてたのね!私としたことが、うっかり。」


というと、目の前に並々と水が入った洗面器を置く。


「さぁ、召し上がれ。」と言われるが、体が硬直して動けない。


美奈が周りに目配せをすると、ひとりがブタに近づいた。


「わっぷっ...!」


頭を掴まれ、洗面器に顔をつけられた。

いきなりのことで、鼻に水が入り、どうしたら息が吸えるのかパニックになった。

ゴボゴボっと、鼻と気管支に水が入り、体が勝手に跳ねる。

どっちに力を入れたら、水から出られるのかわからない。

しばらくすると、顔を持ち上げられた。


「ふはっ。んふふ、すっごいお顔。いろんなとこから液体出てるよ〜。」


そんなふうに言いながら恍惚とした顔で笑う女の顔を見た時、何を言っても何をしても無駄だと悟った。


今まで地味に陰口を囁かれていたのも、結構精神に来ていた。

まだ全然平気だと思っていたけど、もう無理。

この瞬間、ポキンっと心が折れた。


そして、卒業間近になって私は学校に行けなくなった。







「なぁ、最近俺のブタが休んでんだけど。」


教室で、田嶋が周りに不機嫌に言う。


「はは!お前が構いすぎて、嫌われたんじゃないのか?」

「そうだよ〜。次から次と、口に入れられて、好きじゃないお菓子もあったんじゃないの??」

「お前は圧倒的に会話が足りないからなぁ。好きな味とか聞いたことあんのか?」


「....ない。」


ブスくれて言う田嶋に、周りは、苦笑したり馬鹿笑いをしたりさまざまだ。


「京介ぇ、朝倉にお菓子あげてる顔が気持ち悪かったんじゃね?

すっごいニマニマして顔面ゆるゆるだったしぃ。」


「そんなことねぇよっ!....多分。」


無自覚っ!!ウケる〜っと周りが爆笑する。


そんな時に、か弱い声で話しかけてくる者がいた。

咲ちんだ。


「あ、あの。い、今話が聞こえてきたんですけど....。」


ん?と、その場の面子が一斉に咲に顔を向ける。

ビクッと、咲は怖気つくが、オズオズと田嶋を見つめて口を開いた。


「た、田嶋くんたちの会話が、聞こえてきちゃって。盗み聞きしてたわけじゃないんだけどっ。

あ、のさっ!

もしかして、朝倉ちんにブタって言って餌付けしてたのって、イジメじゃなかったの...?」


咲は、ドキドキしながら言い切った。


言わられた面子は、目を見開き驚愕する。


「「「はぁっ!?」」」


「ちょっと待って!えっ、ブタの友達だよね?なんで、えっ??イジメ??え?ドユコト?」


田嶋が慌てて、咲に確認をする。


「え...、どいうことって...。」


田嶋が、ワタワタする姿を見て、どうやら違うようだと咲は思い当たった。


「だって、ブタって、悪口よね??」


一応、常識的に考えて悪い意味だと思うので確認をしてみる。


「違うよ!!えっ?ブタって、可愛いじゃん!」


えっ?と咲は、目を見開き驚愕する。

すると、その様子を見た田嶋の横にいた仲間も弁護し始める。


「ちょっと待って。

田嶋が、ブタちゃんにお菓子あげてる姿見たら、丸わかりじゃない?

こいつめっちゃデロデロに甘い顔して、ブタちゃんにアーンしてるよね?」


周りは、うんうんと同意するが、咲には同意することはできなかった。


「だって...。いつも田嶋くんの周りって囲われてるから、どんな表情であげてるなんて見えないよ?それにね...、多分だけど、私以外の人たちも、イジメじゃないって思ってるひと誰もいないと思う。」


えっ?とまた驚愕して、すぐそばにいたクラスメートに確認する。

そのクラスメートも「イジメだと思ってました...。」と、申し訳なさそうに話す。


その事実にびっくりする田嶋グループ。

全く思い至ってなかったようだ。

そして、咲は追い討ちをかけるかのように口を開いた。


「そ、それに!!朝倉ちん、最近ずっと他クラスの派手な子達にいじめられてたんだよ!」


「はっ?」


田嶋は、咲からブタが虐められてた事実を聞き、怒りで声が低くなった。

その眼光に、咲はビビるが、言葉を続け説明する。


「す、すれ違いざまに『ブタ臭い』とか、『デブ』とか、笑いながら足掛けられたり...。

ホントに酷かったんだから!!」


「嘘だろう...。見たことないぞ、そんなの。」


「他クラスだもん。うちらが廊下歩く時なんて、昼休みくらいだし。

田嶋くんたち、朝倉ちんをいじめてない時は体育館行っちゃうじゃない。」


田嶋は、いや、虐めてないし...と小さく否定する。

そして、そんな目にずっとあっていたなんてと理解した田嶋は、後悔する。


「もしかして、ブタが最近来てないのって、俺のせい?」


咲は、黙って『うん』と頷いた。


ガーンと、ショックを受ける田嶋であったが、自業自得である。


「お、俺、ブタに謝らないと....。」




放課後、田嶋が朝倉の家に謝りに行こうと下校していると、後ろからどーんっと誰かに抱きつかれた。


「京介ぇ〜♡今から、何か用事ある??美奈と遊びに行こう!」


ギュッと腕に腕を絡ませながら、お誘いをされた。

最近、京介が昼休みに体育館に来るから、美奈は機嫌が良かった。


「カラオケ久しぶりに行こうよぉ〜。

京介の歌聴きたぁ〜い。」


「悪ぃ。今日は、これからブタんとこ行くから。」


京介が、絡んだ美奈の腕を外しながらそう言った。

ブタの名前を出された美奈はムッとする。


「なんで?なんで、京介がブタんとこ行くの?」


「最近、ブタ学校休んでんだよ。俺のせいみたいだから、会わなくちゃなんねぇ。」


「はぁ〜?京介のせい?そんなわけないじゃん。ブタが身の程を知ったんだよ!京介に付き纏って迷惑かけてたって。」


京介は、美奈の言い方に違和感を覚えた。

身の程??何言ってんだ?

やっぱり、俺がブタをいじめてるって、コイツも思ってたのか。


「京介がさ、今までブタに昼休みの時間拘束されてたじゃん?

確かに、ブタ虐めんの楽しいけど。

でもさ、美奈との時間が減るのは、寂しいじゃん。だからね、京介が虐めなくても、視界に入らないようにぃ、美奈がぁ、引導を渡してやったんだぁ。

もう傑作だったんだよぉ〜。

椅子に座ろうとしたから、ブタは床って引き倒してぇ。

京介からその日は餌もらってなかったはずだから、餌を代わりにあげてあげたんだぁ。

美奈わざわざペットショップで、ドックフード買ってあげてね。頭の上からかけてあげたの!

でも...、ブタ食べなくてぇ。美奈、悲しくなっちゃった。でも、美奈優しいから、お水もあげたの!!

洗面器にたっぷり水入れて、顔つけてやったら、めっちゃゲホゲホ言って、鼻水も涎も出て、すっごく情けない顔してて、傑作だったんだよ〜。あ?見る?写真撮ったんだぁ。」


ほらって、ブタが苦しがってる写真を得意げに京介に見せた。


京介は話を聞きながら、はらわたが煮えくり返っていた。


一体コイツは何言ってんだ?

ブタの頭にペットフードぶっかけて?

洗面器の水で水責め??


目の前にいる女が、醜悪で気持ちの悪い者に見える。

トドメに写真に写るブタの苦しげな表情を見て、ぶちっとキレた。


京介は、携帯をムンズッと奪うと、画面をタップして写真を削除した。


「あっ!なんで消しちゃうの〜。よく撮れてたのにぃ!」


空気を読まないで、そんなことを宣う美奈を一瞥する。

その表情は、無であり、何を考えているのかわからない表情だった。

美奈は顔が引き攣った。


「きょ、きょうすけ?」


京介は、ぷいっと顔を背けて、周りを見渡す。

目の前にちょうど良く公園が見えたのでスタスタと入って行った。


「京介!待って!どうしたの?

私の携帯、とりあえず返してよぉ〜。」


パタパタと走って、ズンズンと先に行く京介を追う。


京介はゴミが詰まったゴミ箱の目の前で止まる。そして、携帯をパッと離して捨てた。


ギョッとする美奈。


「な、何するのっ!?」とかけ寄り、ゴミを漁って奥の方に入ってしまった携帯を救出した。


「ちょっと!!京介、携帯汚くなっちゃったじゃない!?」


バッと怒り心頭して、後ろにいる京介を睨む。

そんな美奈に京介は嘲笑して吐き捨てる。


「はっ...。ブタには、ペットフードをあげたんだろ?優しいでしょって、自慢してたじゃねぇか。

だから、俺もお優しいから同じことしてやったんだ。

ゴミ女には、ゴミ箱がお似合いだ。


チッ、きったねぇもん触っちまったぜ。除菌ウェットティッシュあったかな。」


通学カバンからウェットティッシュを出して携帯を持ってた手と指をゴシゴシ拭くと、目の前にいるゴミ女が邪魔で、肩をぶつけて退ける。

ゴミ箱に使ったティッシュを今度は丁寧に捨てると、用はないとばかりにスタスタと駅に向かう。


「待ってよ!どうしちゃったの!?

なんで怒ってるの!?美奈がなんでゴミ女なのよ!!

京介、美奈のこと好きじゃん!美奈も京介が好きだよ!

それなのに、ブタに時間を割くなんておかしいじゃない!」


美奈は、声を張り上げて京介の歩みを止めた。

くるりと振り返った京介は、信じられないものを見たと言う表情だった。


「俺が、お前を好き?

何言ってんだ?俺は、お前のことなんか好きじゃねぇよ。」


「嘘っ!みんな、京介と美奈はお似合いだって言ってるじゃん!京介だって、否定しなかったじゃん!」


「あーなんか女どもが言ってたな。

俺は、否定もしなかったが肯定もしてねぇ。

別に、お前らが何か言ってても関係ないからな。

俺のダチは、みんな俺がブタが好きだって知ってたから気にしてなかったんだよ。」


「え...。ブタが好き...?」


美奈は、京介の言ったことが信じられなかった。コレが本当なら、私がしたことって...。

血の気が引いて、真っ白になる。


「俺も今日初めて知ったんだが、他のクラスでは俺がブタを虐めているって認識だったみたいだな。

コレは俺の落ち度だ。だから、今からブタに謝りに行くんだ。

じゃあな、忙しいから今後もう俺に話しかけんな、ゴミ女。

テメェのパートナーは、ゴミ箱がピッタリだ。」


そんな...と、美奈はヘナヘナとその場で崩れ落ちた。





ところ変わって、ブタの家。

田嶋は、朝倉と書かれた表札を確認して、インターホンを鳴らした。


“...はい。”

と、ブタの声が聞こえた。


「あー、俺。田嶋です。」


“!!”


インターホン越しから、ヒュッという音が聞こえた。


「あのさ...。話があって、少しでいいから出てきてくれないか。」


“.....。は..な..し?このまま話すんじゃダメなの?“


ブタは、ビクビクしながら抵抗を試みた。

のこのこ出ていって、ブタのようにまた扱われるんじゃないかと思い、怖くて家から出たくない。

家の玄関の鍵が掛かっているのが救いである。


「うん...。このまま話しても良いんだけど、なるべくブタの顔を見て話したいんだ。」


”(どうしよう...。帰ってくれない...かな。)”


わかったというには、全然勇気が足りない。

もう卒業まで間近だし、ほっといてくれないだろうか...と、ただただ祈る。

しばしブタが無言になっていたら、田嶋が不安になったようで再び話しかけてきた。。


「あのさ、聞いてるかな?」


“聞こえて、る...。”


「俺、知らなかったんだ。ブタが、他のクラスの奴に虐められてるの。

..情けないよな...。俺の、自己満足な振る舞いのせいで、他の奴がブタを虐めてるなんて思ってなかった。」


「それでさ、...ブタのダチから聞いたんだけど。

ブタ、お前が、俺から虐められてるって思ってたって...。

でもなっ!違うんだ、俺...。

ブタのこと虐めてたんじゃないんだ。

俺っ。ブタって、あだ名のつもりで呼んでただけなんだ!」


必死に言い訳を言われたが、訳がわからない。

あだ名のつもりって何?

普通ブタがあだ名になれば、いい印象を持つ人は皆無じゃないだろうか?


“え?あだ名がブタ...。

それは悪口とどう違う、の...?”


「あー、やっぱりそうなるんだ...。」


ガシガシと後頭部をかき乱して、苦悩の症状をする田嶋。

キッと覚悟を決めて、カメラに弁解する。


「それも違うんだ!

俺にとって!ブタは...、親愛表現でっ..した...。」


最後、尻窄みにボソッと言われたが、ブタは“シンアイ??“と復唱した。


心底、訳がわからないような声音で問いかけられる。

ブタに田嶋の言葉は響いていなかった。

だから、田嶋はブタの意味を切々と語り出した。


「ブタってさ!可愛いだろう?

餌食べてる時、お尻と尻尾がフリフリしてるし。歩き方もちょこちょこしてて、撫で回したくなる動きの繊細さと可愛さが詰まってるし!

全体のフォルムも、柔らかく丸くて...齧り付きたくなるくらいマジカワなんだよ!

俺にとっては、朝倉はブタのように可愛いく見えてて!

あ゛〜、言っちまった!恥ずっ。」


田嶋は口元を手で抑えて、横を向く。

耳が真っ赤である。


画面上でその姿を見ていたブタは、え?本当っ?何言ってるの?と、ますます困惑する。

ブタが可愛い?そして私も?

でも、見る限り嘘は言ってなさそう。


「あのさ、だから俺は、何もしないから...。出てきてくれないか?顔見て、謝りたいんだ。」


ブタは、田嶋が言うことを信じても良いんじゃないかと思い始め、玄関先に出てみることにした。


ガチャリと、そーっと鍵を解除して、ゆっくりドアを開ける。ドアが開くにつれて、外の景色が少しずつ見える。

田嶋は、何もしないと言ったが、確証はない..。だから結構、怖い。

それでも流行る心臓を押さえつけて、勇気をだしてドアを開けた。


そこには、いつも笑いながら自信を漲らせている田嶋は居なかった。

グッと歯を食いしばり、下を向く普通の男子高生が居た。


「田嶋くん...。」


恐る恐るブタが話しかけると、ハッと言うように顔をあげ、田嶋はブタを見つけた。


「ブタ...。よかった、インターホン切られたから、会ってくれないかと思った。出てきてくれたんだな。ありがとう...。」


泣き笑いの表情を見せられ、どきっとする。

こんな表情できる人だったんだ...。

いつもいつも何も考えてなく、自分本位な傲慢な人だと思ってた。


「ブタ。悪かった。辛かったよな。

俺、お前のことを構うことができて浮かれていたんだ。

俺のクラスのダチは、みんな呆れてた。

俺の顔がいつもだらしないほど緩々だって。

だから、ブタにも俺の気持ちがわかってくれてると思ってたんだ。」


「え?ゆるゆる?え?え?本当に?」


ブタは、餌付けされてた時のことを思い出す。

そういえば、萎縮しすぎて口元にくるお菓子と田嶋くんの指しか見てなかった。周りの子達みたいにニタニタ笑われながら、差し出してるんじゃないかと思って...。

ん?じゃあ、周りの子のニタニタは何?


「田嶋くん。でも周りの子達、いつも私が食べさせられてる姿をニタニタからかい混じりに見てたよね??」


「違う、それは俺に対してだ...。

俺が、あまりに幸せそうにブタにアーンしてるから、俺を揶揄ってたんだ。」


衝撃の事実に、ブタは口をあんぐり開けて固まった。


「ブタ...。あのさ、お前がもう酷いことされないように、見張るから、学校来ないか?俺とずっと一緒に行動すれば、問題ないだろう?」


「え...、一緒に行動スル?無、無理っ!

だって、また美奈さんが...。」


ざっと血の気がひき、知らず身体が震えだす。

また、酷いことされたら...どうしたら...。


「美奈?あー、あの勘違い女ね。それは、もう大丈夫だ。

別に、元々仲が良かった訳じゃねぇ。気づいたら側に居ただけで。

俺たちも、来るもんは別に拒まないから、勝手に仲間っぽくなってただけで。

さっき来る前に、もう関わるなって言ってきた。すまなかった。酷い目に合わせた。」


ガバッと頭を下げて、真摯に謝られる。


「元々、他のクラスのやつは、俺がブタに向ける顔を知らなかったのが、イジメの原因だ。

だから、俺の側にいれば、速攻で虐めの被害はなくなる。


俺、お前見てると、どうしても顔が緩んじまうらしいからな。」


にへらっと笑う田嶋。

初めて真正面から田嶋を見た。

その威力に、ドカンっと被爆した。


本当に、ブタ(私)が可愛いと思っている慈愛のこもった顔に、ドキドキする。


「あ...、あ..&/¥/7/@¥#€*」


意味にならない言葉が口から出て、顔が首まで赤くなる。

とにかく顔がいいのだ。そこに、愛が混じれば、当然好きになってしまいそうになる。

田嶋のせいで酷い目にあったし、卒業まで引きこもりになろうと思った元凶なのに、チョロい気もするが許してしまう。


「じゃあ、明日から俺迎えに来るな!

よろしくな、ブタ!!」


ニカっと笑ってブタの頭をグシャっと撫でると、田嶋は帰っていった。


その場に残されたブタは....。


「結局、私は愛玩動物扱い?..な、のかな?」


と、つぶやいたのだった。




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ブタの受難 香 祐馬 @tsubametobu

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