第116話 私は後退などしてない
「なに? 手紙だと?」
賊の侵入から一夜明けた朝、朝食をとっていると使用人が庭に手紙が落ちてきたと報告してきた。
急いで上を見ると翼を生やした何かが飛び去っていったという。
なんとも奇妙な話だが、この私に手紙だと?
「ディズマ。心当たりはあるか?」
「いえ、残念ながら……」
「お前が知らないのならば誰もわからんだろうな」
「特に魔法トラップの類はかかっていないように見えます。確認されてみては?」
ディズマがいる限り、その手のトラップは通じない。
以前、下賤な別の賊が私宛にそういったものを仕掛けてきたことがあった。
もちろん見つけ出して殺したが、ディズマがいなければ危うかったかもしれん。
「今度はどこの下賤な輩だ?」
私は使用人から手紙をひったくって中身を確認した。
開くとそこには――
『昨日の夜、お前の館に侵入した者だ。
お前の兄であるレークスの身柄は
こちらで預かっている。
この兄の命が惜しければそこから西にある砦跡地に
ゼルカール、お前一人で来い。
尚、従わない場合はこちらでレークスを殺す。
そして死体をクリーゼルの町へ送り付ける。
それを見た領民は何を思うかな?
平穏な領主生活を送りたければおのずと答えは
絞られるはずだ。
領民はお前が思っているほど愚かじゃない。
そしてインバーナム家の長男が賊に殺されたという情報は
すぐに国内を駆け巡るだろう。
そうなればインバーナム家は国内での立場を
失うかもしれない。
他の領地に知られたらどうなるかな?
舐めてかかった他の領地が攻めてくる可能性すらある。
そうならないためにも賢明な判断を期待しよう』
私の手紙を持つ手が震えた。
ここまで舐め腐った奴は過去に例を見ない。
これがただの賊ではないことくらいわかる。
こいつは明らかに知ってる側だ。
下賤な民がここまでの内容を盛り込めるはずがない。
どれも起こりうる事態だからだ。
「ほぉ、これはなかなか手が込んだことをしますな」
「感心している場合ではないぞ! ディズマ! どうすればいい!」
「おや、もう一枚ありますな」
「なに……」
確かに二枚目の手紙が重なっている。これは?
『P.S.
あまり悩むと前髪の生え際が更に後退するぞ』
「クソめがぁーーーーーーーー!」
私は手紙をすべて破いた。
なんだこいつは! なぜ私の前髪のことを知っている!
だから手入れはかかしていないというのに!
「まさかあのレークスが喋ったのか!? いや、あの兄が喋るとは……では誰が!?」
「ゼルカール様。そんなことより早急に手を打ちましょう。こんなものに従う道理はありません」
「う、うむ。そうだな。で、どうすればいい?」
「ゼルカール様一人で来いとのことですが、これは私にお任せください。それと必要なのは戦力ですが現状だと乏しいですね」
「それなら心配ない。実は夜のうちにすでに雇っている。連れてこよう」
私は新たに雇った傭兵を部屋に招き入れた。
ぞろぞろと入ってきた者達はどれも面構えが以前の奴らとはまるで違う。
ひとまず全部で5人だが、ザコを大量に雇うよりマシだろう。
今回はとびっきりの連中を雇ったのだ。
「では自己紹介してもらおう」
私が自己紹介を促すと3人同時に一歩前へ出てきた。
こいつらは3人一組で活動する腕利きの賞金稼ぎ、その名は――
「長男のアビシー」
「次男ディエフ」
「三男ギヒ」
トゲがついたナックルを装着した大男、鎖つきの刃を腰に装着する男、緑の頭巾を被る小男。
体格が極端な大、中、小と揃っている。
「人呼んで戦争屋ブラザーズ、火種がありゃ駆け付ける。そこに銭ありゃ拾う。ただし拾う命はねぇ」
「偉い貴族様に雇ってもらえてオレぁ嬉しいよ。ここからは金の匂いがプンプンするわぁ、オレぁホントに嬉しいぜぇ」
「んー、金があるとは限らない。何かそういう根拠でもあるんすかね?」
なんとも癖が強そうだがこいつらは各地をまたにかける賞金稼ぎだ。
今まで稼いだ賞金額だけで人生を数回は遊んで暮らせるほどだという話がある。
そのおかげか、戦争屋ブラザーズは各地に別荘を建てて現地の女を買いあさってやりたい放題らしい。
下手な貧乏貴族よりも裕福な暮らしをして、気が向けば稼ぎに出る。
そんな流浪の生き様に密かに憧れる者も少なくないと聞いた。
その戦争屋ブラザーズだけでも十分なのだが、もう一組ほど腕利きの傭兵と名乗る二人がいる。
「私は灼眼のリリーシャ」
「わ、私は白盾のレティシア……」
「人呼んで冷血シスターズ」
「わた、私達の前に広がるのは鮮血……」
残り二人は何と女だ。こいつらも腕利きの賞金稼ぎだと言うのだが、まるで聞いたことがない。
無名のザコを雇っても仕方がないのだが、あまりに必死に懇願するので数合わせで雇うことにした。
それにしても締まらない名乗りだ。
「お前達二人は腕利きと聞いたのだが、本当に大丈夫なのか?」
「心配ないわ。賊の一匹や二匹、敵じゃない」
「旅の資金のためならなんでもやります! お金がもうありませんから!」
「こらっ! 余計なこと言わないの!」
腕利きの賞金稼ぎなのに金がない? 妙な話だな。
まぁザコならザコで切り捨てるだけの話だが、こいつらの容姿はなかなかだ。
切り捨てるくらいなら囲って手元に置いておくのも悪くないだろう。
それにしてもレティシアという名前、聞き覚えがあるな。
どこで聞いたものだったか。
「ゼルカール様、賊はどんな奴なのかしら? 早いところ仕事を済ませたいのだけど?」
「そうだな。何でも相当に腕が立つようで、武器もないのに館の警備の人間を蹴散らして兄であるレークスを拉致してしまった」
「それは一大事ね。しかも兄を拉致したばかりか、脅迫状まで送るなんて……どうせ救いようのないクズよ。遠慮はいらないわね」
「その通りだ。だが奴は一筋縄ではいかんだろう。何せ闇魔法まで使うとの話だ」
「……闇魔法?」
闇魔法と聞いてリリーシャのほうが少し固まった。
もしや怖気づいたとでもいうのか?
「闇魔法ね。敵じゃないわ」
「あのアルフィスさんと同じ闇魔法を使ってそんなことを……許せませんね」
よくわからないが自信はあるようだ。
それならそれでよし、本命は戦争屋ブラザーズだから問題はない。
「ディズマ。ひとまずの暫定戦力だがこれで問題ないか?」
「もう少し数がほしいところですね。残っている戦力も投入しましょう」
「そこまでするほどのことか?」
「万全を喫するのですよ。あれの復活の前にできるだけ障害を取り除いておくのです」
それもその通りだ。あれさえ復活すれば私がこの大陸の覇者となる。
たかが賊などに手間取っている暇はない。
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