第115話 オレは悪役貴族だ

「シェムナ、お願いだからこっちを向いてくれ」


 あれからルーシェルに回復してもらって目を覚ましたレークスはシェムナにヘコヘコしている。

 やっと自分の愚かさに気づいて謝り倒しているが、これを修復するのは難しそうだな。

 こればかりはルーシェルでも再生できないだろう。


「アルフィス様、これからどうするんだい? そもそも一体全体何が起こってるのかそろそろ説明してくれない?」

「無視しないでくれ! 私が悪かった! 本当に悪かった!」


 レークスがシェムナに泣きすがり始めた。

 それでもシェムナは大人一人を余裕で引きずれる力を発揮している。

 わざと歩き回って雑巾みたいにずりずりしてやがった。


 さすがにこれじゃ話が進まないのでレークスのほうをなんとかしよう。


「レークス、さすがにたった数回謝っただけで全部許すとはならないだろう。こればっかりは時間をかけていくしかない」

「時間だと! 何日何時間何秒くらいだ!」

「ガキかよ。まぁ下手したら年単位かもな」

「ねんたんいぃーーーーー!」


 レークスが卒倒した。さっきからうるせぇな、こいつ。

 連れてこないで放置したほうがよかったか?

 こんな当たり前のことをいちいち言わないとわからないのか。


「お前は子どもの頃からシェムナを痛めつけてきたんだろう。シェムナが受けた屈辱や怒りは蓄積されて凝固になってるんだよ」

「そんなに、か……」

「お前にとってのこれまでの10年とシェムナにとっての10年はまるで違う。いわば心の傷が塞がるには時間がかかる」

「ではどうすれば……」

「それはお前が許してもらえるまで誠意を見せるしかないな」


 それ以外に方法はないだろう。

 ただし誠意を見せ続けてもシェムナはレークスを一生許さない可能性だってある。

 だから何か一つ大きなきっかけがあればいいんだが、オレにそこまで世話してやる義理はない。


 そんなことよりこれからのことだ。

 オレ達はもう町には戻れないお尋ね者になってしまった。

 またオレ一人で潜入して色々と調べるにしても、今度は警備を強化しているだろう。


 そっちのほうが面白くなりそうなんだが、もっと面白くなる方法がある。

 とはいえエスティとシェムナを付き合わせてしまっているのは申し訳ない。

 オレがこれからのことを話そうとした時、エスティが何か言いたそうだった。


「あの、アルス様。その……。差し出がましいようですが、あの、あの。一体何が起こっているんでしょうか?」

「そうだな。さすがにここまでの事態になっておいて話さないわけにはいかないだろう」


 もっともな疑問だ。 

 レオルグから任務のことを話すなと言われているから、ぼかして話そう。

 といってもエスティはオレがバルフォント家の人間としてどんなことをやってるか知ってるんだけどな。


「実はこの地方の地下にとんでもないものが眠っているという情報があってな」

「とんでもないものですか!?」

「それが何かはわからない。ただインバーナム家が何か知っている可能性もある。そこで直接聞くわけにもいかないから極秘で潜入したんだ」

「そうだったんですか……」


 エスティはごまかせたが他はどうだ?

 ルーシェルは知っているから問題ないとしてシェムナは?


「……なんだよ、とんでもないものって。アタシをのけ者にしたばかりか、何を知ってやがるんだよ」


 少しかわいそうなことをしたな。

 ただ実は完全にウソってわけじゃないんだな、これが。

 オレの任務はインバーナム家が国に不利益なことをしていた場合、速やかに抹殺することだ。


「オレの勝手に巻き込んですまない。お前らが望むなら、すぐに逃走を手助けする。領地を出ればあいつらも手出しできないだろう」

「今更なに言ってんだよ。こうなったらアタシが全部ぶん殴ってやるよ。オヤジもアニキもな」

「一人はすでにぶん殴ったけどな」

「もう一人のクソヤローだよ。今となってはあいつが一番気に入らない……。ここにいるボケアニキは陰湿なことはしなかったからな」


 確かにそれは言えてるかもしれない。

 肯定はできないが、陰に隠れてコソコソを卑劣な真似をするよりわかりやすい。

 シェムナの言葉を聞いたレークスがピクリと耳を動かす。


「シェムナ、私のことは許し」

「うるせぇ死ね」


 かわいそう。


「アルス様……わ、私、最後までついていきます」

「エスティ、いいのか? お前が望むなら王都までのルートを確保してやるぞ?」

「私はアルス様のやることを見たいんです。あの日、助けられた時からずっと……。ここでお預けなんて嫌です」

「……お前もなかなかいかれてるな。わかった。付き合ってもらおう」


 こうしてこのメンバーのまま戦い続けることにした。

 オレの目的はおそらく黒であろうゼルカールを締め上げることだ。

 黒だと確定すれば遠慮はいらない。


 最初は殺してもいいくらいに考えていたがシェムナに突き出す。

 あとは家族同士でじっくりと話し合えばいい。主に拳で。


「それでアルフィス様、どうするんですか? ボクが全部殺してきます?」

「このレークスを人質にとってインバーナム家に脅迫状を出す」

「そうですか、脅迫状を……てぇぇぇーーーー!?」


 クッソベタな反応をしやがって。

 そりゃ驚くだろうが一番なに言ってんだこいつみたいな顔をしているのはレークスだ。


「お、おい! この私を人質に取るだと! ふざけているのか!」

「ふざけてない。お前が拒否しようがすでに決定事項なんだよ。お前を餌にしてゼルカールだけを釣り上げる」

「なんと人の道を外れた手段を! 一切の抵抗はないのか!」

「あるわけないだろ」


 だってオレは悪役貴族だからな。

 もしこれがガチのアルフィスだったら後先考えずにクリーゼルの町を襲撃するぞ。

 そして命乞いさせて助ける素振りを見せてから殺すぞ。


 穏便な手段で済ませようとしているだけありがたいと思え。

 やろうと思えばもっと手荒な手段だってあるんだからな。


「シェムナ! お前が許してくれるまで私は何度でも謝る! 何度でも殴っていい! だがこれはさすがに看過できない!」

「アニキ……」

「お前の誕生日プレゼントは私の名前を刺繍した靴下だ! 欲しいだろう!」

「アルス様、作戦決行しよ」

「シェムナァァァァーーーーーー!」


 最後で台無しにする奴だな。

 妹の許可も下りたことだから何の問題もない。

 さっそく手紙を書いてルーシェルに持たせることにした。

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