第114話 辺境の野心
「賊の正体がわからんというのか! この役立たずどもが!」
私、ゼルカールは警備の奴らに憤っていた。
それなりの金をかけて雇った連中で、中には傭兵をやっていた者もいる。
隣国戦争を生き延びた傭兵ならばそれなりの実力者だろうに、なんたる不甲斐無さよ。
「申し訳ございませんッ! 賊は思いの外手強く、我々では手も足も出ませんでした!」
「貴様は元傭兵といったな。十人刺しの異名を持つ槍使いと聞いたが、一人も刺せんとは拍子抜けだよ」
「返す言葉もありません!」
「ふん、期待した私がバカだったよ。貴様らはクビだ」
こんな奴らに大金を払うこと自体がバカらしい。
せっかく税収を上げて懐が温かくなったというのに、これでは意味がないではないか。
私は父のように手ぬるい真似は一切しない。
民とはあくまで下々の者達で我々貴族とは血筋からして違うのだ。
奴らに流れている血はいわば獣、食い物がなければ死肉さえ食らう浅ましい生物である。
だが我々は違う。生まれ持った身分、そして確かな知能と才覚。
子どもの頃から学ぶ環境があり、食べるものも申し分ない。
そして学んで人としての格を上げられる。
民にはそれができない。なぜなら奴らはすべてにおいて恵まれていないからだ。
体、知能、環境。人は生まれながらにして平等ではない。
神というものがいるならば我々は選ばれたのだろう。
私は貴族として生まれたことを誇りに思う。
父は民には甘かった。
民など使い捨てておけばいいものを、慮って大した成果を求めない。
民はあくまで我々の踏み台であるが、それが壊れては元も子もないと言うのだ。
だから私は父を殺した。
甘いことを言ってるから寝首をかかれることになる。
あの父が当主ではインバーナム家は未来永劫田舎でくすぶっていただろう。
「ク、クビとは……それだけはご勘弁を! ただでさえ我々は町や村で歓迎されない身です! 警備として雇われても信用してもらえず、夜中に殺されることだってあるのです!」
「それがどうした。それは貴様らが下賤な環境で生まれたからだ。呪うなら己の運命を呪うがいい」
「そんなッ! 私も若くない身でして、ここを追い出されたら本当に……本当に……」
「ん? 呪う? そうだ、いいことを思いついた。ディズマ」
私が呼ぶとディズマが静かにやってきた。
全身黒ずくめのローブをまとい、顔は銀色の仮面で覆われている。
目に当たる黒い穴が二つに三日月の口だけという何とも不気味な仮面だ。
「いかなる御用件でしょうか?」
「こいつらは生まれながらに呪われた運命を背負っているようだ。お前なら更なる呪いをかけることもできるだろう?」
「可能ですが貴重な戦力では?」
「構わん。ガキ一人捕まえられん連中だ。おまけに兄のレークスまで連れ出されている。生きていても仕方のない連中だよ」
「……わかりました」
ディズマが警備の男達の前に立ってマントを開く。
私はあのマントの中を絶対に覗くなと言われている。
そんな願いなど聞く義理はないのだが、あの男のおかげでうまく進んでいるのが事実だ。
それにあの異様な雰囲気にやや気圧されているというのもある。
只者ではないのはわかる。わかるがそれだけでは説明がつかないのだ。
あの男から感じるのは例えるなら暗闇、人が本能で恐れる何かといえばわかりやすい。
「ひっ……あげっ、ぶぐぐぎぎぎっ!」
すると男達の顔面が変質を始めた。
血管が浮き出て眼球がこれでもかと飛び出す。
男達の肌が灰色へと変色してひび割れだらけになる。
「ディズマ、それは?」
「この男達は生涯に渡って全身の痛みで苦しむでしょう。その上、このように醜く変わり果ててもはや人としては認知されません」
「それも呪いか?」
「そうです。しかも性質が悪いのはこの呪いの痛み、いつ襲ってくるかわからない。突然死にたくなるような激痛に見舞われます。それに耐えきれず自害する者もいるのですよ。クフフフ……」
ディズマはもがき苦しむ男達を静かに見下ろしている。
その仮面の奥の表情などうかがい知れるはずもない。
今更ながらにとんでもない人物を招き入れたものだと思うが、後戻りはできんだろう。
この男はインバーナム家に突如として現れてあっという間に父を取り込んだ。
口がとてもうまい上に今まで手を焼いていたグレーターウルフの群れを壊滅させて見せたのだ。
奴らは繁殖力が高くて討伐しても限界がなかっただけに、ずいぶんと驚かされたよ。
どんな手を使ったのかと聞いても決して教えてくれないがな。
気をよくした父はディズマを専属の魔術師として雇うことにしたのだ。
それからディズマはインバーナム家の方針にまで口出しをして改革を進めた。
父は完全に言いなりであった。
そんなある日、ディズマが私に囁いたのだ。
父を殺せば更なる繁栄が約束される、と。
私は耳を疑ったよ。
しかし父の温いやり方に薄々嫌気が差していたのもあって私はその助言を聞き入れた。
我々を意地でも半人前と断定して後継ぎの資格はないと断じる。
そのくせいつまでも田舎の貴族止まりとあっては納得できまい。
私は田舎貴族で終わるつもりはない。
王都ではバルフォント家などという得体の知れない貴族が幅を利かせているようだ。
元は資産家のようだが王家の中枢に食い込んでいるという噂もあるほどだった。
そんなものが我が物顔でいられる現状を打破できるのが我がインバーナム家だ。
我々インバーナム家はこの国、いや。いずれはこの大陸を支配する。
インバーナムの血にはその器があると確信しているのだ。
「あァ、だ、だずげでぇ……」
「ふん、醜いものだな」
私はこいつらを館からすべて叩き出した。
呪いがかかってしまってはどうにもできまい。
後は魔物の餌にでもなればいい。
落ち着いたところで私はディズマと次の一手の相談をすることにした。
私が覇王となるための大切な布石だ。
「ディズマ、アレの復活はもうすぐだそうだな。本当に従えられるのか?」
「何度も言ったはずです。あれは雛鳥のようなもの、最初に見たものを主とします」
「なぜそうまでする?」
「言ったでしょう。私には恨みがある、それを晴らすことこそが悲願なのです。そのためにはあなたに覇者となっていただかねば困るのですよ」
相変わらず怪しい奴だがまぁいい。
こんな奴はその気になればいつでも葬ることができる。
それはそれとして賊の行方を追わねばならん。
賊は年端も行かない黒髪のガキで闇魔法を使う、か。
謎めいているがこの私に逆らっておいて生きて領地を出られると思うなよ。
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