第113話 お前が弱いのは努力不足だからだ
レークスが剣を水平に薙いで容赦なく殺しにかかってくる。
実に軽やかな動きで曲線や直線を描き、その戦闘スタイルは蝶のように舞い蜂のように刺す。
更に属性魔法が付与されているのも見逃せないポイントだ。
オレはその攻撃を難なくかわしながら動きを観察していた。
確かに強いが少しお上品すぎるな。
例えるなら剣術で強くなりたいのに両手持ちして踏ん張るのはダサいと言っているようなものだ。
時にはそれが必要となることがあるというのに。
「貴様は武器の一つも持っていないのか! それでよく私に挑めたものだな!」
「今、左から攻めればワンチャンあったかもな」
訓練らしくオレは動きの荒を指摘してやった。
すると顔を真っ赤にしてより激しく攻め立ててくる。
「余計なお世話だ! 私はインバーナム家の長男として父上に目をかけられていた! お前の剣技は完成されているとまで言ってくれたのだ!」
「だったらお前のオヤジは見る目がないな。やっぱり田舎貴族なんてそんなもんだよ」
「貴様ァーーーー!」
少し言いすぎではあるけど、それだけこいつがシェムナにやったことは許せない。
魔力不全を理解せずに自分の狭い価値観だけで逸材を腐らせる。
オレの楽しみを奪うところだったんだぞ、こいつは。
「フレイムッ! ブレエェェェーーーードォォォーーーーッ!」
レークスの剣に帯びた炎が突如伸びる。
間合いを取ったと思ったら射程を切り替えてくるから少しだけ油断ならないな。
まぁかすりもしないのだけど。
「ノーザンクロスッ! ブレェェェェーーーードォォーーー!」
今度は氷の刃が自由自在に伸びた。
剣にまとわりつく氷の刃が枝のように伸びてオレの鼻先を通過する。
自在に属性剣を切り替えられるのは素直にすごいな。
それにしても動きは本当に綺麗だ。
基本がよくできているし、お手本といってもいい。
ただしお手本はあくまでお手本で、その先を行く奴が強者だ。
「チィッ! 逃げ足だけは早いな!」
「じゃあそろそろ反撃していいか?」
両手持ちで踏ん張らないのが悪いんじゃない。
必要に応じて不格好な動きになることもあるってことだ。
オレはレークスの足元にスライディングした。
足元が死角になっていたんでつい、な。
「なっ!」
そこから足を肘で潰した。
踏ん張りすぎている分、効いただろ?
「づぁぁぁッ……!」
「よっと」
レークスが悶絶している間に起き上がり、今度は顎に食らわせた。
ごきりと音がしたからたぶん顎の骨が逝ったか。
「あがぁッ!」
「おいおい、魔力の使い方が下手なんじゃないか?」
痛みで言い返すどころじゃないか。
この様子を見るとあまり痛い思いをしたことがないな。
剣術の腕前は一流だけど戦いには慣れていない。
怪我をしたこともなければ殺し合いをしたこともない。
館の中で一流の剣術を身につけてもあまり意味がないからな。
曲芸としては見応えがあるかもしれないが。
「ひ、ひはまぁッ!」
「貴様ってか? 魔力の使い方が下手なんだよ」
「ほ、ほのッ……」
「このぉってか? だってお前がシェムナに日頃から言ってたことだろ?」
オレは容赦なく今度は腹に一撃を入れた。
レークスはたまらず膝をついて嘔吐してしまう。
「おぇぇぇぇッ……! ほ、ほう、ま、まひった……」
「ダメだ。お前は魔力を引き出せていないからな。できるまで訓練は終わらない」
オレが冷酷にそう告げるとレークスがようやく現実を理解したようだ。
剣を握って、そして振り上げる元気はあったみたいだがスウェーバックをしてかわす。
そこから一瞬で間合いを詰めてから拳を数か所に当てる。
ゴキリという音が聞こえた後、レークスは体中を滅多打ちされながら宙を舞った。
「う、うごっ……!」
床に落ちてほとんど動けなくなったようだな。
近づいたオレはレークスが握っていた剣を遠くに蹴り飛ばす。
これ以上やるとさすがに死ぬかもな。
こいつ、思った以上に打たれ弱かった。
オレなんかこれの何十倍も痛い攻撃を受け続けてきたからな。
あのエンペラーワームの突進とかさ。
しゃがんで倒れているレークスの顔を覗き込むと、その目にはほとんど光がない。
「こんな訓練にも耐えられないなんて、お前は本当に落ちこぼれだな」
「う、うぁっ……ごふっ! ごほっ!」
「さすがにやばいか。ルーシェル、回復してやってくれ。ただし完治はさせるなよ。死なない程度にな」
ルーシェルに命じてレークスを回復させてやるとなんとか喋れるようになったようだ。
まだ起き上がれないようだが逆上して襲いかかってくる可能性もあるからな。
「う、うぅっ、うっ……」
「泣いてるのか? 悔しいのか?」
「うっ、うっ……」
「その涙はシェムナだって流したと思うぞ」
レークスは目元に腕を当てて隠すように泣いていた。
打たれ弱いのはメンタルのほうだったか。
こいつに人の心があるなら反省すると思うが、そうでないならもう放置だ。
オレだってお人好しじゃないし、こんな奴に頼って情報を得るつもりはない。
「す、すまない、シェムナ……私は、私はいつもお前にこんなことをしていたのだな……」
「アニキ……」
「私はかわいいシェムナにこんな痛みを……。お前が魔力不全で、ま、魔力を引き出せない気持ちが、やっとわかった……」
「アニキ、起き上がってくれ」
シェムナがレークスを半身だけ起き上がらせた。
そして――
「歯ァ食いしばれぇッ!」
「ごぁッ……!」
シェムナに殴られたレークスがまた床に叩きつけられてしまった。
オレも人のことは言えないが、せっかく回復したってのに容赦ないな。
「ここまでされないとわからないとか、どんだけバカなんだよ! お前は最低のクソアニキだよッ! アタシがどんな想いでいたと思ってんだッ!」
シェムナの叫びが暗い砦跡地に響く。
クソアニキだろうが同情する気持ちがあったのか。
別に家族だから大切にしろとか言うつもりはないから、ここから先は任せるつもりだ。
血が繋がっていてもギリウムみたいなのもいるからな。
「アタシだってアニキの期待に応えようとしたさ! それでも無理だったんだよ! アタシは魔力不全だから! でもオヤジもアニキも皆、わかってくれなかった!」
シェムナの悲痛の叫びがただただ響く。
オレからコメントできることは何もない。
後はそのクソアニキが――ん?
「結局アタシは学園に押し込まれて……『卒業したらお前とは他人だ。二度とインバーナムの名を名乗るな』なんて言われて血の気が引いたよ……。そんなアタシの周りにいてくれたのがロルとハンナだった」
ロルとハンナってのはシェムナ派だった時に一緒にいた女子二人か。
それより大変なことが起こっている。これを伝えるべきか?
「アタシなんかをかっこいいだとか強いだとか慕ってくれてさ。気持ちよかったんだ……それからレティシア様に負けた時に見放されるんじゃないかって……。でも、あいつらはアタシを心配してくれたよ」
「おい、シェムナ」
「ロル、ハンナ、それから色んな奴らがアタシの周りに集まってきて本当に嬉しかった。今度こそ誰かの期待に応えられると思ったんだ」
「シェムナ、聞いてくれ」
「え?」
シェムナがようやくオレの呼びかけに応じた。
水を差すつもりはないんだが、これはとても大切なことなんだ。
「レークス、気絶してるぞ」
「えっ?」
「お前が殴った時だと思う。だから、その。聞いてないと思うぞ……」
「どのあたりから?」
「『歯ァ食いしばれぇッ!』以降全部だ」
あまりに残酷な事実を告げてしまった。
シェムナはみるみるうちに顔が赤くなって、そしてしゃがんで両手で顔を覆う。
「……全部なかったことにしてくれ」
そうしてやりたいんだがな。
過去には戻れないし事実は消せないんだ。
まぁこれも経験ということで、ぜひ乗り越えて強くなってほしい。
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