第112話 こういう奴は許せない
砦跡地に向かうと暗闇の中から矢が飛んできた。
凄まじい精度で確実にオレの脳天に照準が定まっている。
「おっと!」
「な、なんだ!」
オレはかろうじて回避、レークスは頬をかすらせたもののダメージはほとんどない。
これはルーシェルだな。たぶん敵か何かが来たと思って攻撃してきたんだろう。
案の定、暗闇の奥からルーシェルが出てくる。
「あ、あっ、あ……もしかして、アルフィス、様……」
「何者だッ!」
ルーシェルを敵と勘違いしたレークスが踏み込む。
動揺したルーシェルに回避する余裕はなく、まともに受けてしま――
「待て。オレの仲間だ」
レークスの腕を握って寸前のところで止めた。
ギリギリと凄まじい力だ。かなりの魔力強化の精度だな。
「仲間?」
「オレの仲間が悪かった。ルーシェルもごめんな」
「ア、アルフィス様ぁぁ~~~!」
ルーシェルがオレに抱きついて泣きじゃくった。
勘違いとはいえ、オレを攻撃してしまった罪悪感でいっぱいなんだろう。
でもさすがの警戒心で悪くない。
それより驚いたのはレークスだ。
ルーシェルの矢を完全ではないとはいえ、かわしたのは称賛に値する。
そこからすかさず反撃して懐に飛び込むんだもんな。
インバーナム家。
父親のブルッセルはとにかく傲慢で野心家だが、他人にも高いハードルを課すようだ。
跡取りとして相応しいように自分の子どもには徹底した訓練をさせている。
これはゲームじゃ見られない一面で少し面白い。
オレはルーシェルの頭を撫でながら、後から出てきたシェムナとエスティにもレークスを紹介することにした。
「本当にすまないな。こいつはレークス、シェムナはもちろん知って……」
「……んで……よ」
「ん?」
「なんでいるんだよ! クソアニキ!」
シェムナがものすごい剣幕で怒りを示している。
拳を握って明らかに臨戦態勢だ。
おいおい、やっぱり不仲じゃないか。どうなってんだ?
「シェムナ……学園はどうした?」
「お前に関係ないだろ! なんでいるんだよ!」
「まさか学園で何かあったのか?」
「何もねぇよ!」
この状況にコメントできないオレ達は見守るしかなかった。
シェムナの話によればレークスはとんでもない奴で虐待めいたことをしていた。
特に魔力不全の人間に魔法の訓練とかサイコもいいところだ。
さすがのリリーシャの毒親でもやらんぞ。
いや、やりそうだわ。あいつならやるわ。
「アルフィス様! なんでこいつがいるんだよ!」
「こいつ、誰かに呪いをかけられて寝たきりになっていたみたいでな。何か情報を持ってないかと思って連れてきた」
「こいつは鬼畜で悪魔だよ! アタシはこいつに何度痛めつけられたことか!」
「待て。話がかみ合わないぞ。少し整理させてくれ」
興奮するシェムナを宥めている間、レークスはやれやれといった態度だ。
なんとなく見えてきたぞ。このレークス、さては自覚がないタイプだな。
言ってしまえばヴァイド兄さんと同じだ。
「レークス。今、学園は諸事情で休校なんだ。だから帰省したんだよ」
「なるほど、そういうことか。私はてっきりシェムナが学園生活が嫌になったと勘違いしてしまったぞ」
「それよりどういうことだよ。お前、めちゃくちゃシェムナに嫌われてるぞ」
「私はシェムナのためを思ってやっている。今はわからないだろうがいずれ理解できるはずだ」
ケロッとして答えるこいつは無自覚なスパルタ野郎だ。
ヴァイド兄さんと同種な分、性質が悪いかもしれない。
「お前、シェムナが魔力不全だと知っているんだよな?」
「そんなものはない。シェムナは魔力の使い方が下手なだけだ」
「おい、本気で言ってるのか?」
「本気だ。だから私は日々シェムナに訓練をしてやった。眠っている魔力を引き出すために毎日な」
こいつ、何一つ悪気なんてない。
本気でシェムナのことを心配している。
レークスを現代日本で例えるなら、アレルギーを信じないで子どもにアレルギー食品を食わせる教師だ。
アレルギーというものが世間に認知されてからはそんなことはなくなったと思うがな。
いつの時代もどこの世界も特異な体質ってのは理解されにくいもんだ。
シェムナからしたら自己満足の訓練なんて虐待と変わらない。
無知は罪じゃないが理解しようとしないのは悪だ。
自分が知らないものを非常識として非難する。
大して調べもせずに否定する。
いつの時代も進歩を阻害するのはこういった人種だ。
オレはレークスに腹の底から怒りが湧いた。
「レークス」
「む? ぐぁっ……!」
オレはレークスの頬に拳を叩き込んだ。
転がったレークスは起き上がれず、もがいて指で石畳をかいている。
「な、何を、何をする……!」
「痛いだろう? でもこれはお前が魔力を引き出せていないからだ」
「そんなはずはない! ただの不意打ちだ! それよりもどういうつもりだ!」
「オレがお前を訓練してやる」
オレの体中に魔力が漲り、砦の朽ちかけた柱が呼応するかのように亀裂が入る。
闇の魔力が漏れ出るかのように広がっているのでうまく抑えないと砦ごと破壊してしまいかねない。
シェムナやエスティ、レークスが絶句していた。
「……あーあ、アルフィス様を怒らせちゃった。レークス、お前たぶん死ぬかもね」
「わ、私が! なぜ!」
「シェムナの魔力不全は本当なんだよ。シェムナはああ見えてアルフィス様が目をかけている。それをお前が壊しかけた。アルフィス様はね、自分のお気に入りが壊されるのが大嫌いなんだ」
「お、お気に入り、だと……」
なんかすごい誤解を生じさせている奴がいるな。
それを聞いたレークスが頬を押さえながら立ち上がる。
「シェムナがお前のお気に入りだと……ではここにいる少女達も……」
「絶対お前が考えているようなことはないぞ」
「ゆ、許せん……! 私のかわいいシェムナをッ! 貴様のようなプレイボーイにッ! おのれぇぇーーー!」
「プレイボーイってお前な」
レークスが魔力を解放した。
砦内が大きく揺れてぱらぱらと小さい破片が至る所から落ちる。
思ったよりなかなかの奴だな。田舎貴族にしてはな。
「いいだろう! 私を訓練するというのならやってみるがいい! その選択をすぐに後悔することになるがな!」
「やる気になってくれたな。じゃあ始めようか」
「この私の愛剣であるシェムナ・ザ・クイーンの錆にしてくれる!」
恥ずかしい名前を堂々と口走ってこっちが恥ずかしくなる。
そして剣の名前を聞いたシェムナが青ざめてドン引きしているぞ。
実は初めて知ったんじゃないか?
「な、なんだよ、その名前……」
「剣に愛しの妹の名前をつけるのは至極当然だろう! お前の誕生日ケーキはこれでカットすることにしている!」
「い、いやぁぁあーーーーーーー!」
変態兄に対してシェムナが女の子らしく絶叫した。
ヴァイド兄さんならオレの中では呆れで済んだが、こいつは本気でキモいな。
しかしどうしてオレの周りにはまともな奴が集まらないんだ?
一見まともな奴だと思ったオレがバカだった。
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