第109話 町の様子がおかしい

 オレ達はしばらく町の様子を見ることにした。

 シェムナによれば家を出て学園に来る前はあそこまで厳しい取り締まりはなかったらしい。

 領主は父親のブルッセルで、こいつはゲームに出てきたから知っている。


 本来、ここで起こる大型のサブイベントに出てくるキャラはこのブルッセルだけだ。

 子どもがいるという設定があったかも定かじゃない。

 娘のシェムナがいるということはやっぱりゲームとは多少異なっている部分があるな。


 結論からいうとこのブルッセルはろくでもない奴だ。

 だけど町は至って普通だし、あいつの悪事は悪政じゃない。

 それがここまで様変わりしているとはな。


 そこら中に衛兵がいて険しい顔つきでうろついている。

 何かやろうものならすぐにすっ飛んでくるだろうな。

 住民達も居心地がよくないみたいで、衛兵の顔色をうかがいながら歩いている。


「なんだかすごい町だな。シェムナ、お前の父親が領主のはずだよな?」

「そのはずだよ。でもアタシからしたらクソオヤジだけど、領民には好かれていたはずなんだけどな」

「お前の兄達の誰かが領主になった可能性はないか?」

「それは絶対ない。あのクソオヤジはアタシ達にめちゃくちゃ厳しいからね」


 じゃあ何かがきっかけで心変わりしてこうなったってことか?

 ブルッセルは典型的な傲慢キャラだが理性はある。

 縛りつけて民を苦しめるなんてそんな先がないことをやるとは思えないんだよな。


 適当な通行人を捕まえて話を聞いてみることにした。

 オレに話しかけられた男はぶっきらぼうに振り返る。


「なんだよ」

「すまない。旅人なんだが領主の名前はブルッセルで間違いないよな?」

「いや、今は――」


 男が何か言いかけた時、隣に衛兵が立っていた。

 圧がすげぇな。


「おい、何をコソコソと話している」

「い、いえ! 領主様は大変素晴らしいお方だとこの無知で救いようがない旅人に説明してやっていたのです!」

「そうか。それならいい」


 おい、そこまで言うことないだろう。

 衛兵が納得して去っていったところで男は息を大きく吐いた。


「ったく! 変なこと言うなよ!」


 男が憤慨して早歩きで立ち去っていく。

 巻き込んで申し訳ないが、そこまで言われるほど間違ったことは言ってないはずだ。

 つまりこの町がおかしい。武器も取られてるし。

 そしてブルッセルが領主じゃない? どうなってる?


「アルス様、なーんかキナ臭いですよ」

「あぁ、このまま聞き込みをしているとまずいかもしれないな。こうなったら頼れるのは夜の酒場だ」

「酒場ですか?」

「アルコールが入れば口も軽くなるってもんさ」


 そんなわけでオレ達は宿をとって夜まで待つことにした。

 部屋を男女別に分けるということでオレは一人部屋、のんびりできて素晴らしい。

 ルーシェルは側近としてとかほざいて一緒の部屋にしようとしたが、シェムナに言いくるめられていた。


* * *


 夜の賑やかな酒場の一角のテーブル席についた。

 酒を片手にゲラゲラと下品な笑い声をあげている奴や静かに飲んでいる奴。

 こういうところを見ると王都と変わらない。


「エスティはこういうところ苦手そうだね? ボクは大人だから平気だけどねー」

「え、は、はい。お父さん達が親戚のおじさん達と大騒ぎして飲んでいる横で私だけ蚊帳の外で……思い出しちゃいます」


 あぁ、それはよくわかるぞ。

 子どもにとっては地獄の時間だよな。特に同年代の子がいないと悲惨だ。

 そして思い出したように学校はどうだ、なんて構ってくるから油断ならないよな。


「シェムナ。お前の兄二人のどちらかが領主をやっている可能性が高いんだよな?」

「昼間のあの男の口ぶりからしてオヤジが領主をやめたっぽいからね。信じられないけどさ」


 あれからシェムナと話したところ、領主には兄二人のうちどちらかがついたんだろう。

 ブルッセルにどんな心変わりがあったかはわからない。

 長男のレークスはシェムナに対して普段から執拗に暴言を吐いて、次男のゼルカールも同じだったらしい。


 特に長男のほうはシェムナに魔法の訓練と称して執拗に痛めつけてきた。

 あまりに壮絶でシェムナは顔も見たくないらしい。

 次男のゼルカールはシェムナの私物を隠したり、自分がやった不始末をなすりつけてきたとか。ガキかよ。

 ギリウムと一緒にクソ次男選手権に出たらいい勝負をするだろうな。


「いやぁー! しっかしゼルカール様が領主になってからはきっついよなぁ!」

「まったくだよ。おかげで体中が痛くてなぁ」


 さっそく隣の席で領主の悪口大会か? いいぞ、もっとやれ。


「でも生産ノルマがきつすぎだろ! 給料も上がんねぇしよ! この国全体がどうなってんだよ! いい思いをしてるのは貴族様だけってかぁ!」

「バカ、それ以上いらんこと言うとバルフォント家に始末されるぞ」

「バルフォント家だぁ?」

「なんでも王国を支配しているのはバルフォント家だって話だぜ。有識者が口をそろえて言ってる」


 まさかこんな田舎でバルフォント家の話が出てくるとは。

 そうなんだよ。実はバルフォント家がやばいんじゃないかってのは噂程度にはなっている。

 だけどな、どこの世界でも真実ってのは有耶無耶にされるんだよ。


「ブッ! ギャハハハ! それマジで言ってる奴とか久しぶりに見たわ!」

「は、はぁ!? オレの知り合いの学者が言ってたんだぞ!」

「お前、そんな陰謀論を信じてるのかよ! いやーそういうの鵜呑みにする奴って怖いわー!」

「陰謀論だって?」

「バルフォント家はただの資産家だよ。いくつか商会を経営している至って普通の貴族! お前、今時そんなこと言ったら笑われるぞぉ?」


 と、この通りだ。

 一部の人間が真実に辿りつこうが大多数の愚か者によって淘汰される。

 自分の頭で考えることができない奴らが多いのも、バルフォント家の教育の成果だ。

 長年にわたってそういう思考をさせない国を作ってきたんだからな。


「マジかよ……」

「ま、そういう話ってのはロマンがあるけどな。あまり人前で言わないほうがいいぞ? 恥ずかしいからな」

「あ、あぁ」


 しゅんとなった相席の男が少しかわいそうだ。

 これであいつもその他大勢の思考に矯正されていくだろう。

 それよりも今の領主は次男のゼルカールなのか。


 こいつもゲームには出ていない奴だな。

 もしこいつが黒だとしたら、オレのゲーム知識は通じないかもしれない。

 さすがアルフィスルートだよ。

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