第108話 追跡するヒロインズ、進むアルス一行

「ハッハッハッ! 旅人ですか! そうならそうと仰っていただければいいのです!」

「言う前に全速力で捕まえにきたけど……」


 私とレティシアはとてつもない生物に追い回されたけど、お互いの誤解がようやく解けた。

 ここはウクタの村でさっきの化け物は村人だ。

 この村長からして筋肉がすごいことになっているし、そもそもここが村というのがまだ信用できない。


「旅人ならば歓迎しますぞ。つい先日も旅人を送り出したばかりですからな」

「迎え入れた旅人がいるのが驚きよ」

「悪く思わないでくだされ。この村はついこの前まで山賊に襲われていましてなぁ。とあるお方のおかげでここまで成長できたのです」

「とあるお方?」


 その言葉を聞いて私はまさか、と思ってしまった。

 だけどそんなわけない。

 いくらアルフィスでも村をここまで変えられるとは思えないし、そんなことをするお人好しじゃない。

 だから思い過ごし――


「それってこのようなお方では!?」


 レティシアが食い気味に私達が描いたアルフィスの似顔絵を村長に見せた。

 それはもう機能してないからやめなさい。

 というかこの子もアルフィスのことだと思っているのか。


「い、いえ。このようなお方ではありませんでしたな」

「えっと、黒髪ですごく顔立ちがよくていつも『甘えるな』と言ってる男の子です」

「あなたアルフィスのことそんな風に思ってたの!?」


 レティシアのアルフィスに対するイメージはどうなってるのか。

 言うほど甘えるなとか言ってないし!


「そういえばそのようなことを言われましたなぁ」

「ほら! やっぱり! そのお方はアルフィスというお名前では!」

「いえ、アルスという方でしたな」

「アル、ス……?」


 がっくりと肩を落としたのは私も同じだ。

 どうも人違いみたい。でもこの村をここまで変えられる人間がいるというのは事実だ。

 一体どんな手を使ったの?


「人違いのようですね……」

「まぁまぁ、お詫びといっては何ですが今日のところは村に泊ってください。それなりにもてなしますぞ」

「心遣いありがとうございます。でも私達は先へ急がなくては……」

「もうすぐ日が落ちますし、夜の山は危険ですぞ」


 この人達がそういうならとても危険なんだと思う。

 素手で猪とか倒しそうな人達だけど。


* * *


 ウクタの村を経って二日、意外と早く目的地に着いた。

 このクリーゼルの町はパスクーダ地方でもっとも大きい。

 さすがに地方といえど、町の警備はなかなかしっかりしている。

 しているのだが――


「手荷物をすべてこちらに預けてもらおう! 当然ながら武器もな!」

「おいおい、そこまでするか?」

「領主様は大変治安を重んじるお方だ! どこの誰とも知れん奴に武器を持たせたままうろつかせるか!」

「しょうがないな」


 町の門の前にいる衛兵が無駄にでかい声で威張り散らしている。

 オレは手荷物を初めとして鞘に納めた魔剣を預けた。

 魔剣が少し心配だが鞘から抜かなければたぶん大丈夫だ。

 というか抜いてどうにかなったとしてもオレの責任じゃない。


「アルス様! こんな奴の言うことを聞く必要ないですよ!」

「さすがに逆らうのは得策じゃない。それに武器なしの縛りプレイも悪くないだろう」

「し、し、縛りプレイ!?」


 うっかり口走ったオレも悪いが、縛りだけで顔を赤くできる奴もおかしい。

 ルーシェルはブツクサと文句を言いながらも弓矢をテーブルに叩きつけるように置いた。


「ふん、最初からそうしていればいいのだ」

「うーーー! ふーーーー!」

「なんだ? やはり文句があるのか?」

「ふーーー……!」


 あまりに納得がいかなすぎて興奮してるじゃねえか。

 残りはシェムナだが元々武器なんかないし、エスティの得意武器である杖は少し痛手だが問題ない。

 というかこいつら、領主の娘であるシェムナの顔を見てもまったく気づいてないな。

 本当に末っ子の娘は認知されていないのか。


「これで手荷物はすべてか? 服の中に妙なものを隠していないだろうな?」

「あ?」

「特にそこの女二人、気になるな。服を脱いでみろ」

「おい、それはやりすぎだ」


 なんかとてつもないクソ野郎なんだが?

 これにはさすがに女二人も黙ってないだろう。いや、待て。二人? 妙だな?


「ふ、服って……あの、あの……」

「これは本当にオヤジの指示なんだろうな? エイベン?」


 エスティが茹でタコみたいになってる横でシェムナが堂々としていた。

 そしてエイベンってのはこの衛兵の名前か?

 さすがのオレでもモブの名前までは把握していないぞ。

 というかゲームではモブに名前なんかないからな。


「な、なぜ俺の名前を……」

「新人の頃、隊長に怒られて泣きべそかいて逃げ出したくせに偉くなったもんだね」

「なに、何を言ってるのかね……」

「町の女の子にクッソきもいポエムを送りつけて噂になったよな? 確か『親愛なる君へ、僕の心は』」

「うううぉおおおーーーー! 通ってよし! 通ってよしぃーーー!」


 シェムナが衛兵を一瞬で完封してしまった。

 モブのポエムとかオレでも知らないし、こいつすごいな。

 そんなシェムナがオレに親指を立てた。

 無事に町に入ることができたが、あんなキモい奴が衛兵をやっているとはな。

 これがバルフォント家なら一晩で姿を消してもおかしくない。


「シェムナ、よくあんなこと知ってたな」

「アタシは昔から家族に嫌われていたからね。どうにか色んな奴の弱みを握ろうとがんばったもんさ」

「たくましすぎるだろ」

「惚れた?」


 シェムナがウインクをして何かを期待している。

 レティシアの彼氏らしいオレにそんなことをして大丈夫なのか?

 それよりさっきから何もわかってない奴が一人いる。


「あいつ、さっき二人って言ったよね。エスティ、お前は入ってないってさ」

「そ、そうなんですか? ホッとしたような少し残念のような……」

「お前は女として魅力がないんだよ。これからはボクがみっちりと女のなんたるかを教えてやるよ」

「は、はい。ご指導よろしくお願いします……?」


 明らかにはぶられてたのはルーシェルなんだが自覚できてないようだ。

 エスティもそのことに気づいているが指摘したらクソ面倒なことになるから黙っているんだろう。

 調子に乗ってこれ見よがしにオレに寄り添ってくるが、本人が幸せならそれでいい。 

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